堀江直樹の無限上達への道のり -32ページ目
皆さんは自分をどこまで信じることができますか




人はつい、自分の見ている世界を当たり前のように見てしまいやすいですよね




自分のなかの当たり前の感覚っていうのは人と共有するとどうしてもずれてしまうものです




特に知的な男性に多いところではあると思いますが、




自分の知っていることが絶対のようにふるまってしまい、自分が完全だ!としてしまいやすいです。




つい、相手を非難したくなるときって、「◯◯なんてありえない!」という言葉が出てきたりしていますが、



そういった論理には大前提があるもんです。




よーく質問をしてみると、その大前提ってすごく限定的だったり、人と共有しにくいものだったりとか、




限界があるんですが、自分がどんな大前提を持っているかを気付くことって難しいです。




では、そんな自分の論理の限界を知って、そこに怯えながら過ごせばいいのか。




自分の言っていることが不完全だと思っても、自信をもてないし、



では何を基準にしたらいいのかもわからないですよね。




完全としても問題だし、不完全としても問題。



どうすればいいのか。




すべての行動や目標も、自らの知っている世界、経験した世界から創られていきます。




考えてみる必要がありますね。




本日もお読みいただきありがとうございました。




一瞬一瞬の判断があなたの人生を創っていきます。




認識力の変化を知りたい方はご連絡ください。




それと、久々に関東でセミナーをやることになりました。




Epochさんからのご依頼です。
7月3日
http://seminar.ep-och.com/seminar/1884



興味がある人はお越しくださいませ!




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僕が普段関わるような人はどちらかというと




人と違いをもちたいとか、




差別性を出したいタイプの人が多いのですが、




差別性を出したいし、特別な自分でもありたいけれど、




集団から外れることがこわかったり、




新しく何かを始めることに抵抗のある人も多いんじゃないかと思います。




私たちは基本は集団の生き物なので




集団から外れることは「死」をイメージしやすく、




多くの人は集団の理念から自由になることが難しいです。




しかし、集団に所属して従っていることも自分を殺さなければならないというイメージもあると思います。



だいたいこういった形で、




集団に所属しないと不安だし、所属しても苦しいし、




どっちにしても大変っていう問題が出てきます。




そんな限界がありながら、大抵は組織やチームの構成員となるわけですが、(所属しない人というタイプのチームもあると思います)




そこで次に来る問題が、いかにチームプレーをするかという問題です。




例えば、みんな違ってみんないいとかいいますが、




それぞれの観点がバラバラであれば、団結は難しいです。




セラピストとか技術職はそれぞれの世界がかなり異なるので、




技術に興味のある人、患者さんに関心のある人、組織に興味のある人、給料に興味のある人、などなど、




それぞれの個人の思う目標とする範囲はかなり異なります。




そのため、心からの団結をしたりチームプレーをすることが難しいです。




こういったことを教育者や管理者として本気で向き合うと、かなりノイローゼになるような問題だと思います。



心中お察しします。お悩みの方、話しましょう。




では、かといってこれを一個にまとめたらいいのか。



その世界は想像したらイメージできると思いますが、ロボットのように無機質な感じがしたりとか、




ファシズムとか、独裁政権のような苦しさを感じるかもしれませんね。




バラバラでも問題、一つにまとめても問題。




この前の記事では
一つに絞ろう VS いろいろやってみよう




というタイトルで書いてみましたが、




この問題は、どちらに転んでも根本的な解決にならず、常に潜在的な問題が発生するリスクを持っています。





これは人間の思考力、認識力の限界からきており、「観点の問題」と言います。





この問題、ちゃんと考えるとかなり頭が痛くなります。




すべての問題はここから生まれている。




最近は人工知能が仕事を奪っていくという記事がよく見られるようになりました。




人間の認識力をバージョンアップさせることが新しい時代のキーワードになると確信があります。




本日もお読みいただきありがとうございました。



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いろいろな方と話していて感じること




特に若手の方に多い話かな




「今は挑戦の時期なのでいろんなものに参加していろいろやってみようと思います」




よく聞きます。





これに対するのは「これ一本でやっていきたいと思います」




一般的に何か一本に絞ろうというのは勇気がいることです。




これが間違っていたらどうしよう、とか




すごく怖さがありますよね。




日本人は国民性として、おたく気質であるというか、繊細な世界に強く、何かに没頭しやすいところがあるなと感じます。




そーいう側面もあるからなのか、同時に何かにいききってしまうことの怖さがあると思います。





人類歴史という観点に広げて考えれば、




宗教や魔術、呪術が支配していた時代から、




科学の時代に移行するようになってきたことや、




戦前、戦後の教育の変化により、





日本人の多くの人が、より客観的、中立的な観点で臨みたいとする考え方が一般的になっていることも影響しているのかもしれません。




この一本に絞るか、いろいろやってみるかという問題は非常に難しく、




いろいろやってみるといっても、結局やりたいことがよくわからないというケースをよく見ます。




アイデンティティが育たないんですね。




んで、開業などを通して何かしらやらざるを得ない状況になってしまうか、




情熱が続かなくなり、そこそこで妥協点を決めていくかのどちらかに倒れていくケースが多いと感じます。




こういった問題は、




観点を固定しても問題であるし、流動する状態においても問題であるといえます。




何かに定めて固定しても問題、動かしても定まらないから問題。




ならば妥協点を決めていくとか、中庸を取ることがいいのか。




よーく考えるとすごく難しいです。




おとといの記事にも書きましたが、




それに加えて、これらを判断することのプロセスの前提には「知る」という認識活動が大きく影響をしています。




そして人間の「知る」ことには常に限界がつきまといます。




だって、何をやったらいいのか、その基準も明確でないのに何かを選択することは難しいじゃないですか。




さて、タイトルの「一本に絞ろう VS いろいろやってみよう」




という問題への僕なりの回答ですが、




まず、スタートラインとして人間の認識の限界について理解をする必要があります。




その上で今までの人間が行ってきた認識活動から、




新しい認識活動を可能にする認識方式があることを理解することが必要だと考えます。




そうすることで、何を、なぜ、どのように選択したらよいのか、判断をすることができますし、




何を基準にするのかが明確になるので、常に心がすっきりした状態でいることが可能になります。




でないと、一本に絞るにしても、いろいろやってみるにしても、それらを選択する判断が難しいし、




何よりも情報が多すぎますよね。




情報を取り扱う人間自体のバージョンアップが必要な時代だと考えます。




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