こんなテーマで今回は考えてみましょう。
『原因』と『結果』は因果ともいうように、
ペアとして結ばれています。
それぞれの単語にどんなイメージがありますか?
『結果を出す』大切さなんてことも、社会ではよく言われますね。
さて、僕が今日、提案したいイメージは原因と結果を1:1でみるという視点です。
原因となるものが変化すれば結果も変化します。
両者には1:1のペア関係が結ばれています。
では、結果を産み出す原因を考えるときに皆さんはどこまで遡って見ているでしょうか?
私がイライラするのは相手のせい。
世界がこうなっているのは、
、、
様々な事象を遡って見ていったときにどこまでを遡りますか?
そこで無視できない要素として、『認識』があります。
わたしたちの世界に移る景色、存在は、
様々な観測道具を用いたとしても、最終的に人間が認識可能なものに変換されます。
例えば理論物理学の数式の世界もそうですし、
例えばレントゲンなどのように、
様々な波長の光も人間が認識可能な状態に調整することで観測することができますよね。
実は私たちが見ている世界には
常に色眼鏡のファクターがついています。
過去の体験した記憶は感情を伴いながら無意識に固定され、
同じような現象を通していつしかそのイメージを反復し、
強化がされていきます。
これは赤ちゃんのときから続いていくパターンです。
赤ちゃんの時は自分の体という枠の認識は曖昧で、
自分の手足をなめたり、正中線を越えて、
皮膚感覚などの体性感覚を土台にして、
世界との関わりを学習していきます。
自己が十分に認識できるようになったら、
環境にたいして働きかけ、
動くものや、おもちゃに反応したり、
つかまりだちをしたりと、環境に適応していきます。
そしてそのときに経験した痛みや様々な刺激、感情も蓄積されていきます。
さらにはさらには、そこに『名詞』や『単語』がつきながら、
情報が蓄積されていくのです。
このように生物的な発達のプロセスのなかで、
私たちは様々な体験にイメージをのせながら学習していく構造をもっています。
これを繰り返すことでより、自己と他者・環境との関係性のパターンが固定されていくのです。
年がたつほどに強固に。
つまり、『ありのまま』にみようとしても、
知っている世界から自由になることは難しい
人間というフィルターを通過した瞬間にこれらのプロセスで獲得した
無意識に作ってしまったイメージから自由になりにくいのです。
つまり、私たちが、見えてしまった、聞こえてしまった、
ならばそれは認識の結果であるということができます。
だから、すべての問題をみようとするときに
私たちは認識の原因からみるのではばく、
認識の結果の中で問題を探そうとしてしまいます。
結論が既に決定されてしまった中から原因を探そうとしたり、
そこから変化をつくろうとすることは抵抗が生まれます。
だから僕は認識の原因にアプローチしていく必要があると考えています。
この認識の原因というものも、さらに引いてみれば、
認識の原因と結果を産み出す、第一原因があるのです。
なんかすっきりしない、何かうまくいかない。
こうしたらいいのに!ってわかっているのに、
そうできない、うまくいかない
まぁ、こんなもんかなと思ってしまう方は、
アプローチするポイントがずれているだけかもしれません。
皆さんにとって原因と結果とはなんですか?
どのように、そのイメージとお付きあいされていきますか?
本日もお読みいただきありがとうございました(^_^)/
認識の原因にアプローチしたいかたは『無意識エンジン発見セッション』をお奨めします(^_^)/
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