これ、めっちゃやばいですよ。。
さて、前回記事では僕の人生とは切り離せない「怒り」をテーマに書きました。
思いの外、反応があり、感情の取り扱いって誰もが知りたいところなんだなぁと感じています。
今日はどこまで書けるのかわかりませんが、
僕のルーツとなる、ちょっと痛い僕の中学生時代の話なんかを赤裸々に書きながら笑
話をしていきたいなと思っています。
そういえば、この角度から僕の過去を人に話したことはあまりなかったし、
最近意識化できたことなので改めて書こうと思っています。
みなさん、中学生時代をどのように捉えていらっしゃいますか??
僕の中では「中二病」だった。
その一言につきる中学生時代でした。
思春期特有の正義感や社会との葛藤や摩擦に苦しむ、
典型的な中二病患者だったと思います。
こと、怒りをテーマに書くとしたときに、
中学生時代は怒りが収まらなかった時代だったということができます。
僕にとって、その当時に、俗にいう「ワル」と呼ばれるような子たち、筋が通っていればそれは認める対象になっていましたが、
それがなんとなくかっこいいからと迎合してワルになっているような奴らは全員死ねと思っていましたし、
集団の雰囲気とかに流されて、秩序を乱すやつとか、
もう本当に死ね!!って思っていました笑笑
最悪なのは自分のポリシーもなく、集団に流されるやつ。
とにかくそいつはワルだろうがまじめだろうがみんな死ねと強く思っていたのを記憶しています笑
そして、重症なのは、まじめな子たちに対しても、
こんな学校教育・暗記教育をしたところで、実学になりえるのか、現実に役にたつのかとか本気で考えていて、
そこにまじめに迎合して先生にへーこらしている奴らとか、
塾に通って点数取ることに集中してる奴らも全員死ねと思っていました笑笑
(ちなみに中学入学当初の成績はまぁまぁよかったですが、そんなスタンスだったので、徐々に落ちていきました笑)
うーん、死ねとしか思っていない笑
当時、自分の中の正義感が非常にあり、
ちょうど中二の頃に担任だった先生にノートに自分が感じる周りの学生や社会に対する問題意識を書きなぐって、
先生にそれを見せて、困る反応を見ながら、そこに優越感を感じるような非常にイタイタしい学生だったことを記憶しています。。
やばい。中二怖い。(そして、あとあと振り返って後悔するわけです笑)
自己啓発の本を読み始めたのもその頃ですが、
秩序を作るためには強制的な平和を執行するような必要があるんじゃないかとか、
ずいぶんファシズム的な思考になっていきました笑笑
こーいう話は大なり小なり、中二男子が通過する道なんじゃないかなぁと思いますが、
、、、、、まぁ、中学生の感受性って、非常に豊かですよね〜。(他人事)
さて、これだけだとただの僕の恥ずかしい話になって、
せっかくこんな恥ずかしい話を引っ張り出してきたのに、
思春期特有の反応だからしょうがないとか、
死ねとかいうのはよくないよとか、
勝手に思い思いに整理されても困るわけですよ笑
自分の中にここまで怒りが沸き立つルーツはなんなのか?
社会に対して、周りに対して憤るその自分のルーツはなんなのか?
それを知りたかったのです。
一つ、無意識のエンジンを発見するセッションを通して、
過去の家族との関係の中で、
強烈な決断をした瞬間があることがわかりました。
その瞬間から、僕の中で「世界は裏切るものだ」と結論づけられ、
世界の存在は僕の存在を完膚なきまでに認めさせるものとしてある、
という「復讐の対象」として認識されるようになっていたことがわかりました。
その決断のパターン1個で、そのあとの僕の行動パターンはその一点を通過しながら、
同じパターンを繰り返していることがわかったのです。
このエンジン、結構ひどいですよね笑
内容は様々ですが、無意識のエンジン。人間には誰しもあるもの。
今、これを読んでいる皆さんにも一点に凝縮されるパターンがあります。
(来月からこの無意識のエンジンを発見するセッションを行っていきますので、ご興味のある方はご連絡くださいね。)
そして、これを自覚することは難しい。
何故ならばそれはあまりにも自分の大前提なっているからです。
または、このパターンに気づいても変化をさせることが難しい。
何故ならば、それを通しながら世界をみているので、パターンの外のイメージ自体がもてないのです。
この仕組みが、人間共通の脳の仕組み、存在の仕組みとつながって、
たったひとつのパターンとつながったとき、、、
見えちゃったものがありました。
過去のトラウマとかをみて、自分がどんなパターンがあるのかとか、
見える人はいると思います。
しかし、なぜ「怒り」が生まれるのか?
その源泉が説明できますか?
そのルーツがわからないから、怒りは自分にも向くし、相手にも向く、
その強烈なエネルギーを悪者にしやすいです。
怒りの因数分解に成功し、そのルーツとの関係性を理解したときに、
怒りそのものを道具にして自らの人生に活かすことが可能なのだなということが、
自分の経験を通して腑に落とすことができました。。
て、ところで、またこんないいところで引っ張るのかよ!!
とツッコミが起きそうですが、
次回はその源泉との出会いとつながったお話を書きたいと思います。。
本日もお読みいただきありがとうございました。
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