次に北朝鮮が南に侵攻するために掘った地下トンネル(南侵トンネル、第3トンネルともいう)と都羅展望台を目指します。
バリケードが設置されている統一大橋の手前にある検問所前で、一旦バスは停止。
民間人の立入りが禁じられたエリアに入るため、軍の検問を受けます。
20代前半の若い男性で、まだあどけなさが残る兵士が、観光客のパスポートをひとりずつ確認します。
日本では遭遇しない出来事で、しかもこれまでもこのような経験はなかったので、空気が一瞬変わります。
統一大橋の写真はこちら。(時事通信)
都羅展望台に向かう途中の林道脇にみえる赤い目印は、地雷を示すものです。
観光施設を作るために必要最低限の危険は除去してお金を落としてもらうアイデアは、さすがです。
都羅展望台に着き、望遠鏡で開城(ケソン)工業団地を眺めます。
左右を木々が横切る線がいくつかあります。
一番上の線の上方が北朝鮮です。
北朝鮮側ではこちら側から望遠鏡で見ていることを意識し、ちょっと立派な箱物を建てていることなどから、「宣伝村」とも呼ばれているそうです。
この北朝鮮の風景は何度見ても飽きませんでした。
鳥がこっちと向こうを自由に行き来できるのに、韓国の人は、我々外国人が単なる興味本位で来ることのできるこの展望台にすら気楽に来れない現実。
次に向かったのは第3トンネルです。
現在までに発見されたのは4つのみで、実際には20前後あると言われているそうです。
トンネルのなかは撮影禁止で、観光客はヘルメットをかぶりひたすら70数メートルを下って行きます。
天井が少し低いので、160cm以上の人は中腰で進まないといけません。
確かに頭を天井にぶつけます。
北朝鮮の人がダイナマイトなどで爆破してトンネルを掘った際に、随分前に掘られたように見せかけるため壁や天井を黒く塗ったそうですが、そのせいか手で触ると手にうっすらと黒いものが付く状態でした。
青瓦台襲撃未遂事件に関する紹介
この事件はシルミドという映画にもなりました。
第3トンネルに潜るモノレール
予約が難しいようで、我々は歩いて往復しました。
気軽に出掛けた非武装地帯でしたが、思いのほか重いものでした。
この日のガイドさんも大変にいい人で、自身の脱北した友人の話や韓国の人の生活習慣の話などをしてくれて、移動中も楽しく過ごすことができました。
遅めのお昼は前日に続き明洞で。
マンドゥ(揚げ餃子、蒸し餃子、餃子の具の肉団子のようなもの)。
写真付きの日本語メニューもあり助かります。
どれも一皿500円~800円くらいで割とお手頃です。
機内の夕食
旅を振り返るとともに、何らかの形で韓国にかかわりのある友人知人に聞いた話や韓国の観光業をみるかぎり、韓国は総じて日本人観光客に好意的であるという印象を受けました。
政治の話が絡むと難しくなる面はあろうかと思います。
ただ、観光は国の大きな収入資源であることに違いなく、街なかの看板や観光施設のパンフレットに日本語が併記されるのはその表れなのでしょう。
確かに、一部のコンビニや個人経営のような小さな店舗に行くと接客態度の芳しくない店員もいるようですが、それは「日本人に対してそのように接するよう教育されている」のではなく、「接客なるものをそもそも教育されていない」可能性が高いのではないかと考えます。
日本のコンビニで受けるような親切は、世界では当たり前ではないのです。
ただ、我慢する必要はないと思います。
夫はたまたま接客態度の芳しくないレジを2回ほど体験しました。
私はそれを聞いて、少し悲しい気持ちになりました。
私は幸いそのような体験をしませんでしたが、次はわかりません。
もし私が当事者になったときは日本語でも片言の韓国語でもいいので言い返すか、それとも品物を突き返してお店を飛び出すか、とにかく黙ってはいないつもりです。
そのために韓国語会話の本を買いました。
そしてもしそのような心配をしたくなかったら、接客馴れした大型デパートなどで買い物をすればほぼ安心です。
今回の旅を通じて、私は韓国がとても好きになりました。
いいことばかりではないでしょうが、それを補って余りある楽しさ、エネルギーが韓国にはあります。
来年もまた韓国に行くつもりです。
長い旅行記をお読みいただき、ありがとうございました。