今年初めて読んだ本は『バカの壁 (養老 孟司)
』でした。
正確にいうと再読です。
刊行当時に一度読んではみたものの
雲に包まれた気分になり
その後、約6年放置。
実家に置きっぱなしだったこの本を再読してみると
しっかり内容を理解できていなかった理由は
自分の集中力に問題があったことがわかりました(!)
作者が伝えたいことはシンプルかつ明快ですが
読者にわかりやすいように
さまざま例やエピソードを交えながら話が進みます。
このせいか、「話が四方八方に膨らみながら展開している」
という印象もあるかもしれません。
(以前の私はここで力つきました...)
「知るということは根本的にはガンの告知だ」
というくだりがあります。
いつもの当たり前の風景。
ガンの告知を受けてからそれを眺めるとどうなるか。
明らかに違って見える。
変わったのは風景ではなく自分なのだということを
作者はこのことばを用いて説明します。
雑学でしかないのに、そのものを知ったつもりでいる。
すると、
「それはもう知っているから」
との理由で、そのことにそれ以上考えを及ぼすことがなくなる。
思考停止の状態です。
「もう知っている」
「もうわかっている」
と自分が思い込んだ時点で
自分のアンテナはもはやそこに情報を見出さない。
この本が言わんとしていることのなかに
こうした「知る姿勢」に対する
強烈な警告、戒めがあると感じています。
ほかにもさまざまなメッセージが込められていますが。
いま自分が置かれている状況で
この本を読んだからこそ
感じるものがあったような気がします。
放置した甲斐があったというものです。
正確にいうと再読です。
刊行当時に一度読んではみたものの
雲に包まれた気分になり
その後、約6年放置。
実家に置きっぱなしだったこの本を再読してみると
しっかり内容を理解できていなかった理由は
自分の集中力に問題があったことがわかりました(!)
作者が伝えたいことはシンプルかつ明快ですが
読者にわかりやすいように
さまざま例やエピソードを交えながら話が進みます。
このせいか、「話が四方八方に膨らみながら展開している」
という印象もあるかもしれません。
(以前の私はここで力つきました...)
「知るということは根本的にはガンの告知だ」
というくだりがあります。
いつもの当たり前の風景。
ガンの告知を受けてからそれを眺めるとどうなるか。
明らかに違って見える。
変わったのは風景ではなく自分なのだということを
作者はこのことばを用いて説明します。
雑学でしかないのに、そのものを知ったつもりでいる。
すると、
「それはもう知っているから」
との理由で、そのことにそれ以上考えを及ぼすことがなくなる。
思考停止の状態です。
「もう知っている」
「もうわかっている」
と自分が思い込んだ時点で
自分のアンテナはもはやそこに情報を見出さない。
この本が言わんとしていることのなかに
こうした「知る姿勢」に対する
強烈な警告、戒めがあると感じています。
ほかにもさまざまなメッセージが込められていますが。
いま自分が置かれている状況で
この本を読んだからこそ
感じるものがあったような気がします。
放置した甲斐があったというものです。
