会社に早めに着いたある朝のこと。
休憩室で他部署の早番の男性、Aさんと会った。

この休憩室はコーヒーメーカーが置いてあることと
朝日を浴びながら隅田川を一望できることから
始業前の社員がちょっぴり寛げる空間になっている。

その休憩室に、卓上カレンダーを手にしていたAさんがいた。
Aさんが私に尋ねた。

社内に観葉植物とかってありましたっけ?

確か、本物のグリーンはなかったと思う。
社内にあるグリーンはイミテーションで
植木鉢の中も本当の土ではない。

朝から不思議なことを聞くなぁ、と思いながら答えると
Aさんが私に卓上カレンダーを見せながら言った。

ここにアリがいるんですよ。

その卓上カレンダーは紙芝居のように月毎に紙を入れ替えて
フォトフレームのような薄いプラスチック製のスタンドに
差し込む方式になっている。

一番上の6月の紙とプラスチックとの間のわずかなすきまに
アリがいた。

どこからきたんでしょうね?

どうやらAさんは、社内に植木があったとしたら
そこからやってきたのではないか、と考えたらしい。

誰かにくっついてきたんじゃないか、と答えると
Aさんはしばらく考えてから言った。

かわいそうだから、下の植え込みに逃がしてきます。

Aさんはすぐに休憩室から出て行ってしまった。
私はコーヒーを自分のカップに注いで
急いで自分の席に向かった。

夕方にたまたまAさんに会った時に聞いてみた。
あのあと、混雑しつつある朝のエレベータで
15階から1階に降り、
テナントビルの敷地内の植え込みに逃がしたとのこと。

東京のど真ん中のコンクリートジャングルで
誰しもが忙しい朝にこんなことをする人がいる。



やりきれない思いに駆られる日も確かにあるけど
Aさんのこの話を思い出すたびに
世の中まだまだ捨てたもんじゃないよな、って思う。