アッシェンバッハの彼岸から -68ページ目

彼がもういないなんて

カップルズ


初めて彼の映画を観たのは、もう10年以上も前なのだなぁとおもうと驚きだ。

あのとき勤めていた会社にはフレックスタイムとゆうすばらしい制度があって、

がんばれば3時に退社することができたのだ。

それでわたしは、日比谷の高層ビルのオフィスを15時きっかりに飛び出すと、

電車に乗って池袋の朽ちかけた映画館に出かけていったのだ。

ちょっと前までポルノ映画をやってたと思われたその映画館は、

いまではすっかりリニューアルされて、ちょっとおしゃれっぽいミニシアターになっている。


そこでわたしは、『恐怖分子』『エドワード・ヤンの恋愛時代』の2本立てを観たのだった。

2本続けて観たあと映画館を出ると、すっかり日が落ちていた。

気分が騒いでそのまま電車に乗る気がしなくって、

雑踏を目的もなく一人で1時間以上も歩き回り、危うく迷子になりかけた思い出がある。

確かその直前にやはり劇場で『カップルズ』を観て、ゾッとしたのだ。

ヤンチャで汗臭くって世間を知らない悪ガキどもの、退廃的で破滅的な青春の物語は、

主人公の慟哭する姿に、とにかく胸がいっぱいになった。

OL会話のネタや、満員電車の異常性をとりあえず忘れるために、

とりあえずお手軽にテレビから垂れ流されている、

思考を停止させるにはもってこいの類型的で甘っちろい青春モノやら恋愛モノに慣らされていたわたしには、

あの映画の、あの冷徹な視点とリアリティは衝撃的だった。

だれにも判ってもらえないことを、これをつくった人はわかってくれてるだとか、

勝手なことばかり思ったものだった。

そして『カップルズ』のラストには、同年代だったわたしは、ものすごく救われた気がした。

その後の数日間は、なんだか世界の色が変わったような気がしていた。

それから数年後、あの頃よりは幾分かおとなになったわたしは、

『ヤンヤン夏の思い出』にまた違ったしずかな感動を覚えた。

おもえばあの映画は、そこにいるはずの人の「不在」を描いた映画だったようにおもう。


あの映画が最後だったなんて。彼の映画がもう観られないなんて。

あしたはDVDを借りてきて、楊徳昌監督を追悼することにした。

さっさと仕事を終わらせなければ。