なんで60年代ミュージックが好きかと言うと
ものごころついた時が60年代だったからと一日中台所から流れるラジオの影響だ
お風呂場に行く途中通る台所の大きなラジオから流れるビートルズの『ミスター・ムーンライト』
音楽だけは勝手に流れているし子供なので「あ、これいい曲だ」というのでもない
こういう音楽があるんだという感じで耳に入る
またある時はお祖母ちゃんの部屋にあるラジオから流れる『誇り高き男のテーマ』である
変わった音楽だ…ビョンビョンいってるのが耳に残るw
ビートルズは自分からは聴かなかったしレコードも欲しいとは思わなかったがストーンズでもなかった
そういう大物バンドをかいくぐってヒットを飛ばすグループなどが好きだった
中学生の頃はカウシルズやドアーズ、ユニオン・ギャップなどだ
また女性ボーカルのヒット曲は特にイイと思っていたのでスミスやダスティ・スプリングフィールド、ルルも良かった
映画音楽では『栄光への脱出のテーマ』が今でも一番かもしれないと思っている
中学も二年生ともなるとGSがメインとなった
アニマルズやジョン・リー・フッカーなどの音楽はすべてスパイダースから仕入れたようなものだ
克夫ちゃんのハモンドオルガンは全くもって最高だった
カッコいい! 何だこのノリ!
スパイダースのコンサートチケットはレコード屋に置いてあったから希望すればすぐ買えた
年齢も聞かれなかった
その頃学校ではタイガースのコンサートだけは禁止されていた
先生に泣いて抗議するクラスメートを横目で見ながら、スパイダースのコンサートと言えども変装は必須だと考えていた
70年代に入るとなぜかグラムロックのT・レックスになった
同じ頃、妹はロキシーやトッドを聴いていた
そのT・レックスはロックかぶれの高校の友達のおかげで初来日コンサートを観ることができた
たぶんあれがマーク・ボランだろうと思われるほど観にくい二階席だった それも3000円もしなかった時代だ
このレコードを買った時はまずキンキラジャケットに驚いた
後にチラシやパンフを作る仕事に就いたが
金色という特色をふんだんに使い、はたまたポスターのように分厚い三つ折り上質紙のEPレコードに投入する資金っていくらなんだと……
グランドファンクも観たかったがチケットをどう取ればいいのか分からなかった
その頃のチケット購入はウドー音楽事務所に現金書留を送って購入するのが決まりだったが
大人はどうやってそんなに速攻で買えるのか、裏ワザでもあるのかと不思議だったし、たいていのコンサートはすぐに売り切れた
後に観た外タレコンサートはニューヨーク・ドールズやジェフ・ベックの(来なかった伝説の)野外コンサートの他ロキシーやトッド・ラングレンとユートピアなどだが全て妹が手配した
まったくあれのどこにそんなお金を持っていたのか見当もつかなかった
自分でお金を出して観たのはテン・イヤーズ・アフターぐらいで、グランドファンクの何度目かの来日は大学の先輩のコネで二階席でタダ観させてもらった
この頃はロックと並行してブルーグラスやオールドタイミーといった音楽に傾倒していった
ザ・バンドやイーグルス、リンダ・ロンシュタット、クリス・クリストファーソンなど聴いていて何曲か唄ってもいた
コンサートで印象深いのはドク・ワトソンだった
息子のマール・ワトソンとフィドル奏者のケニー・ベイカーなどという大御所と来日公演を行った
コンサートが終わり京都のとあるブルーグラス喫茶でたむろしているとマスターが「ドクとマールを覗いたメンバー」を連れてやってきた
みんなドクが来るわけないだろと思っていたが半分期待はしていたのであった
来てくれた二人には恐る恐るサインを書いてもらった
申し訳ないのだがあいにく色紙もなく、持っていた藁半紙のようなノートに快くサインをくれたケニーとランディ・ディビスであった

今から考えると自分で楽器を演奏して唄うということに陶酔していた
なにしろ
観客のワーッという歓声がウェーブとなってこの目で見れることに驚いていた
これがコンサートをする者の醍醐味というものなのかもしれないと
持っていたギターは高校時代に買った
ムッシュかまやつがラジオのCMでおなじみ”モーリス持てばスーパースターも夢じゃない”というやつだった
他に楽器は春日のフラットマンドリンとオートハープを借りて弾いていた
フラットマンドリンのインスト曲『デキシーの夜明け』が得意だった
ま、王道といえばこの曲『フォギーマウンテン・ブレイクダウン』
このメンツだと失敗は許されない感満載で緊張するなあ
スティーブ・マーチンも上手いからホッとするけどw