<概要>
埼玉のとある会社事務所での日常を「食」に絡めてその人間模様を淡々と記す中、どこでもありそうな「あるある」感満載のエピソードにも関わらず、独特の世界観を醸し出した作品。
<コメント>
第167回芥川賞受賞作を雑誌『文藝春秋』を通じて読了。
勤務時代に経験した「あるある」感満載の著作で、その時代が懐かしくなってしまいました。この小説には、重要登場人物が「二谷」「芦川」「押尾」の3名いて、それぞれの視点で主観が変わりつつ物語は展開されます。
仕事はできないけど、手作りお菓子の差し入れなど、仕事以外のことで何とか自分の居場所を確保しようとする「芦川」に振り回される職場と、「二谷」や「押尾」など、結局はできる人に仕事が集中してしまう、というありがちな情景が、懐かしく思えてしまいます。
実際は違うにも関わらず「仕事ができない=人間として価値がない」という勘違いになりがちなのが「職場」なので、「芦川」は何とか「別の形」で価値を見出そうとしているのが、何とも「ザ・職場」らしい。
この「別の形」が重要で、仕事の価値ではなく、人間社会に共通の「価値」を提供することで彼女は「職場」という人間社会の中で生き残ろうとする点が、この著作のミソだと私は思っています。
【二谷(男子)】
多分30代ぐらいの独身の男子。食べることは「快」ではなく面倒臭い「作業」だと思っている。転勤したばかりで基本業務は芦川に指導。
以下、二谷の興味深い発言→私の職場にもいました。こんな人。
■「食」は生きるための作業の人
一日一粒で全部の栄養と必要なカロリーが摂取できる錠剤ができるのでもいい。それを飲むだけで健康的に生きられて、食事は嗜好品としてだけ残る。アルコールや煙草みたいに、食べたい人だけが食べればいいってものになる
■これが正規雇用社員のホンネでしょう。出世したい人の方がマイナーな存在ですから。
毎日定時で帰れて、でも、おれらと同じ額のボーナスはもらえる。出世はないけど、あのままのらりくらり定年まで働けるなら、それって一番いい。一番、最強じゃん
■女性を対等と感じてしまうと気持ちが萎えてしまう男の事例。逆に彼女が自分より「下」と思うと俄然親しみを感じてしまう。
なんとなくかわいいと思っていた時よりも、彼女の弱いところにばかりに目がいくようになった後の方が、想像の中の彼女は色気を放った
【芦川(女子)】
仕事は不得意(勤務先でも家庭でも)。病弱。お菓子の差し入れなどの人間関係への気遣い女子。本文には言及はありませんがきっとルックスが良いに違いない。
これ重要で「若くて愛想良くて気遣いできる可愛い」女子は、男女関わらず「いるだけで価値がある」と思ってしまうのが人間社会(職場でもどこでも)。
【押尾(女子)】
福岡県出身の元チアリーダーで観光学部卒業のの仕事のできる女子。二谷の飲み友達。たぶん二谷を片想い。
最後は、学校でも職場でもありそうな、いじめっぽい事件がきっかけの後始末で終わる、という結末。
面白くて一気に読み終わってしまいました。