「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか?」フランス・ドゥヴァ―ル著 読了 | 52歳で実践アーリーリタイア

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52歳で早期退職し、自分の興味あることについて、過去に考えたことを現代に振り返って検証し、今思ったことを未来で検証するため、ここに書き留めています。

 

 

<概要>

人間は、動物と同じ生物種としての連続性の中で理解すべきとし、ユクスキュル的な動物主観的視点から、動物の認知と知能に関して紹介した著作。

 

<コメント>

動物の情動に関して扱った著作「ママ、最後の抱擁」に続き、動物の認知能力や知能について紹介した本書読了。

 

 

■人間と動物の違いについて

ダーウインの以下の言葉に始まる著作。

ヒトと高等動物の心の違いは、はなはだしいとはいえ、それはあくまで程度の問題であって、質の問題ではない(本書プロローグ7頁)

「人間も動物の一種である以上、生物の性(さが)から決して逃れることはない」と私は思っているのですが、ダーウインが150年前に既に同じことを思っていたのですね。

 

著者も同じ考え方で、体の構造はもちろん脳の構造も含めて、動物と人間の違いは殆どないわけで、人間の近隣種であるチンパンジーやボノボとの遺伝子の違いは1.2%。大脳皮質の脳に占める割合は、みな同じで19%、とのように生物学的には類人猿と人間の違いは一つの連続性の中にあり、人間だけが全く別の生き物というわけではありません。

 

アリストテレスが「動物部分論」でも言及していた「笑う動物は人間だけだ」というエピソードも、類人猿はじめ、動物行動学者の間では「動物が笑うのは常識」です。

 

■人間と動物の比較について

とはいうものの、動物ごとに外的環境を知覚して認知する方法は千差万別。よく言われるのが、イルカは人間の何歳の子どもと同じ知能、などという場合はありますが、これはナンセンスだと著者はいいます。

 

動物はそれぞれの生存に適応した感覚器官と、その感覚器官にあわせて脳神経が世界を認知しているわけで、勝手に人間の(視覚主体の)認知方法の見方で、動物の賢さを判断してはいけないといいます。動物の賢さは、その動物ならではの賢さとして、みるべきということ。

 

これはユクスキュルが唱えた「環世界=ウンヴェルト」の考え方に基づいています(詳細は以下)。

 

 

実は人間同士でも同じで、個々の人間は個々の人間それぞれの関心ごとに沿って世界像を認識しているので、みんなバラバラ。なので、その個々人の間のコミュニケーションによって、そのコミュニケーションごとに共通する間主観的世界像を生成することで(=価値観を共有することで)、社会的活動が成り立っています。

 

ましてや違う種同士であれば、です。

 

「動物の賢さは、人間視点で賢いかどうかをみるのではなく、その動物の種ごとの視点に立って賢さをみるべき」

 

という著者の考えが本のタイトルになっているのも、このような観点からということになります。

 

動物の話に戻ると、認知はその生物と生物の住む環境の変化に応じて多種多様な形で進化します。したがって人間とは全く異なる知覚と認知によって生存しています。例えば以下事例。

 

①コウモリ

コウモリの聴覚皮質は、さまざまな物体から跳ね返ってくる音を評価し、それからその情報を使って、ターゲットの動きや速度も計算。そのうえで、自分の飛行経路を加味した補正もするし、自分の声の反響と近くのコウモリの声の反響とを聞き分けもする(これは一種の自己認識)。

 

②ホシガラス

何平方キロメートルもの範囲の何百という場所に松の実を二万個以上隠して、その大半を見つけることができる(記憶力は人間よりもはるかに上?)。

 

③テッポウウオ

水面上空の昆虫めがけて空気と水の境界面で起こる光の屈折のための補正ができる。

 

■類人猿と人間の類似性について

以上の動物主観的視点を踏まえたうえで、人間と類人猿(※)は近隣種なので、似たような性質を持つという状況もあります。

 

※類人猿=チンパンジー、ボノボ、オランウータン、ゴリラ、テナガザル科

 

(1)他者を思いやるという「惻隠の情」は、チンパンジーにも

例えば「井戸に溺れる子供をみれば、打算なしに誰でも助けるでしょう」という、古代中国の思想家「孟子」の(性善説を裏付ける)有名なエピソードは、チンパンジーにも当てはまります。

人皆人に忍びざるの心有りと謂ふ所以(ゆゑん)は、今(いま)人(ひと)乍(たちま)ち孺子(じゅし)の将に井(せい)に入らんとするを見れば、皆怵惕(じゅつてき)惻隠(そくいん)の心有り(孟子:公孫丑章句)

チンパンジーにも孟子のいう、惻隠の情(他者をみていたたまれなくなる心)はあるのです。著者は見知らぬ子供ではなく、知り合いの事例で以下のようにいってます。

著名な児童心理学者が・・・「類人猿はけっして仲間を救うために湖に飛び込んだりしない」その後の質疑応答の時間に私は待ってましたとばかりに指摘した。実は類人猿たちが、命を危険に晒してまでも(類人猿は泳げない)、まさにそのような行為をしたという報告がいくつかある、と(本書第2章71頁)

チンパンジーも、孟子の考えにのっとれば、性善説ですね。

 

(2)計画的行動

未来に起こることを予測して計画的に行動するという高度な知能は、人間だけだと思ってましたが類人猿も日常生活の中で多用しています。

 

①チンパンジーの事例

目的とする果物や木の実がある樹木に到着するには、他の鳥などの生き物よりも早く到着して獲得する必要があります。チンパンジーの群れは、その樹木に到着するために、いつごろ寝床を出発すれば、間に合うか計算できます。距離の遠近にかかわらず、必ずチンパンジーは同じような時刻に到着できるのです。

 

②ボノボの事例

ボノボのリサラは重い石を担いで、アブラヤシの実があると知っている場所まで延々と歩く。アブラヤシの実を拾うとまた歩き続ける。そして、そのあたりで唯一大きい平たい岩のある場所まで来ると、石をハンマーにしてアブラヤシの実を割る。これほど前もって道具を拾っておくのだから、計画を立てていた事が窺える(本書第7章281頁)

③オランウータンの事例

最上位のオランウータンのオスはいつも、その晩の寝床を作りながら、特定の方に向かって叫ぶが、その方向は毎回違い、翌朝、彼が進んでいく方向に一致している。つまり彼は、自分がどこに行くかを約12時間前に知っており、他の全員にも確実にそれを伝えるのだ(「ママ、最後の抱擁」第6章)

 

■言語がなくても思考できるのか?

一般に哲学の世界では、人間はロゴスという、ものごとを言語化する能力があるからこそ、思考が可能になり、理性的に物事を判断できる、というのが常識ですが、動物行動学・心理学の知見や耳の聞こえない人の話を総括すると「言語がなくても思考ができる」ことがわかります。

 

(1)著者の事例

著者フランス・ドゥヴァ―ルは、オランダ人なのでオランダ語が母国語ですが、奥さんとはフランス語で話し、職場では英語で話し、と日常的に3つの言語を使ってるのですが、だからといって思考の過程に言語が介在しているとは実感できないといいます。

わたしたちは日常的に考えや感情を言語で表現するので、言語に役割をあてがっても多めに見ていいかもしれないが、言葉が見つからなくて困ることがどれほど多いことか。・・・今では広く受け入れられているように、言語はカテゴリーや概念を提供して人間の思考を助けはするものの、思考の素材ではない。実は私たちは思考に言語を必要としない(本書第4章136頁)

 

(2)赤ちゃんの事例

認知機能の発達の研究におけるスイスの草分けであるジャン・ピアジェは、言語習得前の子どもは思考できないなどとは決して認めなかった。だからこそ彼は、認知は言語から独立していると断言したのだ(本書第4章:136頁)。

(3)耳の聞こえない人の事例

日本のような先進国では、生まれながらにして耳の聞こえない人は、手話と書き言葉を使って言葉を子供に覚えさせますが、発展途上国で貧乏に生まれ育った、生まれながらに耳の聞こえない子供たちは、手話や書き言葉などの言語を教育される機会に恵まれないため、そのまま言葉を知らずに大人になります。

 

それでも彼らは、固有の道義感を持ち、人がいかに生きるべきか、もちゃんと学び、農作業などの単純労働によって生活費を稼ぐことで、何不自由なく生活しています(詳細は以下参照)。

 

 

(4)動物の場合はどうか?

それでは動物の場合はどうかというと、動物には人間の「ことば」にあたる機能は持ち合わせていません。動物の場合は「参照的合図」といって「この声やボディランゲージはこのような意味です」というのはありますが、人間のように言葉と言葉を巧みに組み合わせて、過去や未来を語る、というようなことは知能の高いチンパンジーでもできません。

 

だからといって以下のごとく、「動物が思考できない」というわけではないのです。

 

①上記のように未来を指し示す計画を言葉で表現することはできませんが計画を立てることはできる。

 

②チンパンジーは瞬間的な記憶は人間よりも優れている

アユムというチンパンジーは、電子ボードに数字を一瞬表示させるという、トランプの「神経衰弱」のような実験の結果、瞬間的な記憶についてチンパンジーは人間よりも優れていることがわかった(最近話題の京都大学霊長類研究所 松沢哲郎:2020年11月懲戒解雇の実験)。

 

 

③相手の状況に合わせて、援助したり餌を分け与えたりすることができる。

同じ種の間では、他者が何を望んでいるか気づくことから、他者が何を知っているかを知ることまでできる(チンパンジー、カケスというカラスの一種、バンドウイルカなど)。

チンパンジーのアルファオス:幼いチンパンジーはロープに絡まってしまい身動きができない。ロープを引っ張ると窒息死してしまうので、その子を抱きかかえることによってロープを緩ませ、首の周りから注意深くロープをほどいた(本書第5章176頁)。

フロリダ州沖のバンドウイルカ:ダイナマイト爆発の衝撃で気絶した仲間の体をサポートして息ができるよう支えて助けた。その間助けたイルカは息ができない状態にもかかわらず(本書第5章177頁)。

 

このように、進化論に基づけば、環境に合わせた最適解を偶然的に答えられた動物だけが生き残っているわけで、その中に「知能」も含まれており、それは人間だけに与えられた能力ではない、というのが本書の結論。確かにその通り。動物たちは自分の周りの環境に合わせて見事に知能を活用して生き残っています。

 

ますます面白いですね。生き物って。