このところ寒くなってきました。本日は、温かく、よく晴れた気持ちの良い日でした。
このところ、何やら大騒ぎしているテレビやらネットのニュースなどを横目に見ながら、何となく思い出した事がありました。
もう大昔のことになってしまいましたが、国際キリスト教大学を受験した事がありました。なぜ受けたのかもよく覚えていません。
高校生の頃は、ほとんど受験勉強などはせず、模試の結果はかなりひどく、高校3年生の年末頃は、絶望の2文字しか浮かばないような状況でした。
しかし、怖いもの知らずなんで、受けたのでしょう。一応、試験の前に下調べがてら、キャンパスを見に行きました。今の時代のような「オープンキャンパス」などという制度は無かったのでした。
国鉄(JRではない)の駅を降りて、バスに揺られてとにかく田舎道を走り、着いたところは、広いキャンパス。木が鬱蒼と繁り、敷地の中には、礼拝堂があり、週2時間の礼拝は必須と、敷地内をたまたま案内してくださった大学生が説明してくださいました。
その後、入学試験の当日を迎えました。
大勢の人達が歩いて行く方に付いて行ったら、危うく別の大学に行ってしまいそうになったのでした💦
気をとりなおして、駅の反対側に戻り、バスに乗り、無事に会場へ到着。
試験問題は、かなり変わっていたような記憶があります。
いわゆる国語、英語、社会、理科、というような試験問題ではないのです。
人文科学、社会科学、自然科学、というような分類だった気がします。
人文科学の試験では、その分野の文章が配られます。かなり長論文でした。
45分くらいの時間で読むのです。
時間がくると長論文は、回収されます。
その後に、それに関する問題が配布され、同じくらいの時間で回答しました。多分、問題もかなりボリュームがあったのだと思います。回答は、マークシート方式とかでは無かったと思います。そもそもマークシート方式の入試が、その時存在していたのかどうかもあやしいです。
社会科学、自然科学に関しても同じような感じでした。
暗記ではなく、理解とか思考力を問う問題なのだと、予備校の先生が話していました。
箸にも棒にもかからないで、不合格でした。
入学試験の問題は、おそらく今では、いろいろと異なっていることでしょう。
自然豊かだったあの地域も、すっかり都市化が進んだことでしょう。
あれから一度も行ったことはありません。
このところの過熱した報道やらを見ていると、私には、どうも不思議でならないです。
我が家の場合は、自分の子供でさえ、ほぼ野放し状態。下の子が、離婚することが決まり、実家へ帰るための引越しを手伝った日のことです。
娘が、泣きながら、
「お母さん、ごめんなさい。」
と謝りました。突然言われたもので、ちょっと面食らい、
「私に謝られても、、、
次は同じ失敗を繰り返さないようにしなさい。」
と答えたのでした。
結婚するのも離婚するのも、当人が決めることです。たとえ親であろうとも、他人がとやかく言うことではないように思います。
と、書きつつも、、、うちの子達は、結婚せんのだろうか??
人生は、矛盾していますね😅