寒い毎日が続いております。でも、花粉の飛散量は収まってきたのか、目の痒みが止まってきました。
ガラスの天井。本当にそんな天井はあるのでしょうか?
見えない天井の比喩のことですが、現在、毎日新聞に「ガラスの天井 女性と仕事」という記事が連載されています。
本日は、看護職の女性が妊娠、出産し、パート契約の更新を拒否されたということが書かれていました。
知り合いの男性は、とある病院の看護部長の女性と結婚しました。彼女はめでたく妊娠されたのですが、管理職は産休、育休を取れないという制度のため、管理職をやめ、一般職になりました。
また、とある女性の医師は、4人のお子さんを出産しました。ご主人も医師であり、大学病院の教授でした。彼女はかなりアクティブな方で、医師として診療するだけでなく、講演活動やら執筆もしていました。
自分が高校生の時、倫理社会という授業で「女子大生の就職は腰掛けでいいのか」というテーマを扱いました。
「腰掛け」って何?ですよね。
昔の女性は職場の花なので、仕事もお茶汲みとコピー取りといった男性の補助的な業務、結婚もしくは妊娠したら退職するというのが暗黙の了解でした。そこで、女子大生の就職は、結婚するまでの「腰掛け」と揶揄されたのです。
男女雇用機会均等法の施行により、そのような考え方は表立っては一掃されたと思われます。
さて、すっかり年を取った今になって考えると、何だか全て男性の理論のように思えるのです。
子供を産み育てるというのは、本当に大変です。効率と競争の現代社会の感覚から考えると、非効率の極みです。
小さい子供のいるお母さんは、いつ休むかわかりません。経営者にとっては、ありがたくない存在なのかもしれませんね。
でも、生きていくということは、不合理と非効率の連続なのではないでしょうか?
一見、非効率と思えることが、実はとても重要で、生物学的には理にかなったことかもしれないのです。
女性は頭で考えるよりも、感情とか本能で判断し行動しているのかもしれません。
出世するより、自分の身体が大事。子供の安全と安心が大事です。
そういう感覚は、もっと尊重されるべきではないかしらと思います。
生きていく上での幸せとは何でしょう?
男性のように長時間、滅私奉公のように働くのが正しいという発想から脱してみませんか?