今夜は少々過激な気分です。
「日本人のリスク意識について思う」とタイトルを書きました。
自分が大学で卒業論文を書いた時の指導教官の言葉を思い出すのです。
この方は、イスラエルにかなり長いこと留学していました。
イスラエルというのは、中東にある国で、1948年に建国されました。
中東のほとんどの諸国はイスラム教の国です。
現在、イスラエルとなっている地域も、
1948年までは、ほとんどイスラム圏でした。
古い歴史は省きますが、イスラエルの首都、エルサレムは、
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地です。
イスラエルを建国したユダヤ人は、旧約聖書に書かれているように、
昔々、祖国を失い、世界中に離散しました。
そして1948年に、国際連合の承認を経て、
念願の地に祖国を復興させたのです。
しかし、昔々のイスラエル王国が崩壊した後、
その場所で生活してきた人々がいます。
その方々は、現在「パレスチナ難民」と呼ばれています。
おそらくほとんどは、アラブ人でありイスラム教徒と思われます。
したがって今もアラブ人との間に緊張状態は続き、
一触即発の状態が2013年の今日まであります。
さっきまでお茶を飲んでいたテーブルには爆弾が仕掛けられていた、
というようなことは日常茶飯事かもしれないのです。
そういう大変なところに留学していた先生が、
大学に入学したばかりの私たちに言った言葉が忘れられません。
海外に行くと、無防備な状態でいるのは、大概、日本人だ、と。
自分の身は、自分で守らないと、明日生きていける保証はどこにもない、
という世界で生活してきた方の言葉は重いです。
最近聞いた話ですが、
小学校などでは、危ないから彫刻刀を授業中に使わないようにしているのだそうです。
危ないから刃物は持たせない、使わせない、
となると、一体いつ刃物の使い方を学ぶのでしょう?
いつ危険から自分を守る術を学ぶのでしょう?
いつ刃物は、他人に危害を及ぼすものだと学ぶのでしょう?
過保護過干渉は、自らの身を滅ぼすのではないか?
と私は思うのですが・・・・
昔の人は「かわいい子には旅をさせよ」と言いました。
子供がかわいいと思うなら、旅をさせて危険を身を以て体験させることで
成長させようという意味ではないかなと私は思います。
皆様は、どのようにお考えになりますか?