母が亡くなってからすぐの私は、哀しみに向き合い泣くということをあまりしなかった。

家族が大きな手術を控えていたのでその対応や、有り難い事にお供え花の受注等あり、帆走していたのだった。

ふとした拍子に涙がわーっと溢れて来る事はあったが、一人でいる時は涙を流しながら、手は動かしていた。

あれから約1年が経った今、改めて振り返ってみると、あの頃は心の奥底の哀しみに向き合おうとはしていなかった。

忙しいのは有り難く、心のままに溢れる涙は止めずにおいたが、一体どうしてこんなに哀しいのか、は考えないようにしていた様に思う。

そこを深堀りすると這い上がれる自信が無かったんだなぁ。

闇に落ちたままでは周りに迷惑かかかってしまうとも思った。

8年前の父の死の時は、インスタグラムでもリール動画にしたが「不思議体験」があって、父と対話し、なかなか面会にいけなかった自分を許して貰えた様な気がした。

いつかこの事もこちらに書こうと思うが
この事があってわーっと声に出して泣けてから、それ程引きずらなかった。

しかし母は違う。

「スミマセン、イミガワカラナインデスケド」

を遺してそれっきり何の音沙汰もない。

夢にも出てこない。

私は特に霊感が強いわけじゃないから、気付かないだけなのかなぁ。

そんなこんなで、私は哀しみに向き合う前に

「死んだらどうなるんだろう?」

と真剣に調べ始めた。

死はタブー視されていたりするが、本当は小学校からでも正しい死についての受け止め方等の授業をした方がいいんじゃやいかと思う。

私は怪しい霊感商法等にひっかからないようにしながら、正しい方法で知りたかった。

様々な量子力学や臨死体験等を読んだりもした。

その中でも3回死亡体験をされている木内鶴彦さんのお話は心に響いた。

「あぁ、やっぱり亡くなっても何らかの形で心は残るんだなぁ」

そうだとしても、なかなか意思疎通が出来ないわけで、、

特に母の場合は綺麗さっぱりといった感じで消えてしまった感が強く、遺影に向かい話しかけるしかなかった。

遺影を見ていて

「もう色々教えたでしょ、大丈夫」

というような言葉が頭に浮かんだ時があった。

そして生前よく言っていた

「今生きている人を大事にしなさい」

そんな言葉も浮かんだ。

母のメッセージなのだろうと受け取った。

それで、限りある命、家族を大切にしようと思った。

そして自分ももっと思い切り生きようと思った。

迷っていないで、やりたい事をやれる努力を。

それで本格的にグリーフケアのスクールを受講する事にしたのだった。

(グリーフケアとは大切なものを失ったその哀しみをケアするという意味です)

まだ受け止められていない母の死を自分なりに咀嚼して受け止め、自分らしく再生してゆくためにも。

まずは、そこから始めてみようと思い、スクールの門戸を叩いた。(続く)