8年ぶりの挑戦 Ultra Trail Australia 100キロレースに参加 | セイカツカイゼンノート

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ジョグや日々の徒然

8年ぶりの100キロレースUltra Trail Australia100に参加してきました。

 

タイムは18時間時33秒

レースから一夜明けて、じわじわと悔しさいっぱいのレースとなりました。

では、レースリポート行っていよう!

 

スタート

グループ3は6時40分スタート。気温6度。ビーニー、グローブ、コンプレッションハイソックス、ウィンジャケットを着用してスタート。同じグループにはWマサさんもおり、1つのグループは約200人のランナー。

 

Narrow Neck  0:19:08

スタートから約3キロ地点のNarrow Neckは絶景ポイントだった。しかし、曇天のため朝日を見ることはできなかった。写真を撮りたい気持ちもあったが、携帯電話は電源を切ったままバックに入れていたので、そのままスルーした。 その後、Medlow Gapへ向かい、最初のエイドに到着。エナジーバーとNaakのエナジーワッフルを補給した。エイドありがたいことに最初から充実していた。エナジーバーやジェル、ポテトチップス、ブレット等がある。寒いので水分補給を忘れがちだったが、携帯コップで水をがぶ飲みした。 次に向かったのはCP2。この区間は断崖絶壁で、シングルトラックからの岩場と梯子の辺りは渋滞が発生していた。スタートグループが遅ければ遅いほど渋滞がひどくなるようだ。 マップではそこまで傾斜を予想していなかったが、意外に急な山道だったため、ポールをCP6のバックに預けたことを既に後悔した。仕方がない。踏ん張って登った。

 

CP3 Foggy Knob 3:10:13

CP3とSix Footコース

CP3でトイレ休憩。 エイドにはヌテラやピーナツバターブレッド、携帯ジェルも用意されており、エネルギー補給ができた。

ここからは見慣れたSix Footコースへ。スタートから一緒に走っていたWまささんや日本人夫婦も一緒だった。特に日本人女性は上りが上手で、軽快なペースで登っていくので、私もついていった。

しかし、Six Footの階段は段差が広く、両手で何かを掴むような状態で登らなければならなかった。ポールを持参していればもっと楽だったのだが、後悔先に立たず。この階段で脚に相当なダメージを受けたが、走れるところは走り続け、友人が待つCP4へ向かった。

50キロを7時間で走れていたので、調子は良さそうだった。残り50キロも元気で走れると思えた。

 

CP4 Katoomba Aquatic Center 8:03:43

CP4には友人が待機しており、お寿司を持って待っていてくれた。トイレに行っている間にドリンクとジェルを補充してくれたりと、素晴らしいサポートを受けた。嬉しさで涙が出そうになった。

エナジーチャージで元気を取り戻し、出発した。

しかし、ここから脚が一気に重くなり、歩いているような感覚になった。休憩が長すぎたせいか、乳酸が溜まってしまったようだ。

膝にも痛みを感じ始め、このところ時々痛んでいた膝がやはり気になってきた。外反母趾がシューズに当たるところもチクチク痛んで、皮が捲れているような感覚もあった。

「気のせいだ」と自分に言い聞かせようとしたが、不安は消えない。さらに、肩の小さなポケットに入れていたパナドールが見つからないことに気づき、焦りを感じた。

後ろで聞き慣れた咳が聞こえたので振り返ると、マサさんが追いつていた。 私は先にエイドを出発したはずなのに、私の脚は動いていない。

「大丈夫。動かし続けていれば、いつかスピードが出るはずだ。ロングレースではいつもそうだった。」

そう信じて足を動かし続けると、マサさんが追いついてくれたおかげで、なんとか走り続けることができた。1人だったら、歩いていたかもしれない。

そして、友人が待つCP5へ向かった。

 

 

CP5 Fairmont Ressort  10:13:14

CP5に着く頃には日が暮れかけていた。 辺りが薄暗くなり、夜の訪れを感じた。

ここでサーマルウェアを着てレンジャージャケットを羽織り、ヘッドライトを準備する。トイレに行っている間に、友人が全て準備してくれた。本当にありがたい心遣いに、感謝の気持ちでいっぱいになった。

スタートから一緒だった日本人夫婦もまだ同じぐらいのペースで走れており、一緒にゴールを目指せることに励まされた。

しかし、見渡すとマサさんがいないことに気づき、1人でCPを出発した。

脚が上がらないので、少しでも早く先に行きたいという気持ちで必死に走った。 最初は思うようにペースが上がらなかったが、徐々に脚が上がり始め、思ったより走れることに気づいた。

出発して15分もすると、完全に日が落ちて暗闇に包まれた。 後ろからヘッドライトが通り抜けるたびに、夜の時間帯であることを強く意識させられた。

私はキャップの上からヘッドライトを装着していたため、キャップの鍔で視界が狭くなり、足元が見えにくかった。シングルトラックは先週までの大雨で水溜りが多く、足元に注意しながら進む必要があった。

さらに、ヘッドライトがうまく固定されず、キャップを反対にかぶった方が良いことに気づくのに時間がかかってしまった。やっとヘッドライトを気にせず走れるようになった頃には、2つの分かれ道に出くわしていた。

そこでふと気がついた。 分かれ道には矢印がない。分岐点には必ず矢印があるはずなのに、少し前の川を渡った時もサインがなかったことを思い出した。

もしかしたらコースアウトしてしまったのではないか?ずっとシングルトラックだったので、前後に人がいないことに気づかなかった。ライトに気を取られ、コースを全く見ていなかった。目印のリボンがしばらく見当たらないことにも気づかなかった。

これはコースアウトなのか?それとも私が速すぎて、後ろのランナーが追いついていないだけなのか?

コースアウトしていないなら、戻りたくないという気持ちでいっぱいだった。しばらく誰か来るのを待ってみたが、立ち止まると途端に恐怖が押し寄せてきた。1人でCPを出発したことを後悔し、1人先に来たからこんなことになったと自分を責めた。

どれぐらいコースから外れてしまったのか分からない。自分の位置も分からず、不安で押しつぶされそうだった。

それでも、戻るしかないという結論に達した。

少し戻ると、遠くから光がこちらに向かってくるのが見えた。 やはりコースアウトしていないのだろうか?それでも、戻りたくないという気持ちは消えなかった。

しばらくその場で待ってみたが、遠くの光は近づいてくることなく消えてしまった。やはり戻るしかない。

ゆっくりと戻ると、一つの光が近づいてきた。やはりコースは合っているのか?

男性ランナーが近づいてきたので、もしかしたらコースアウトしているのかもしれないと伝えると、彼は時計でコースを確認してくれた。 そして、やはりOff the Courceしていたことを告げられた。

彼と一緒に元のコースに戻る。やっとライトの集団に戻ることができた。そこには大きな矢印があり、そこからは目印のリボンが数百メートルごとに設置されていた。私は足元ばかり見ていて、完全に目印を見落としていたのだ。

私が参加した集団は見慣れない人たちばかりだった。時計を見ると、20分もロスしてしまった。悔しさで心が締め付けられるような感覚だった。

階段ばかり続いて足場が悪かったが、少しでも取り戻したいという気持ちで必死に足を動かし続けた。 もうWマサさんはエイドにいるだろうか?

QVHに行く手前の道は足場が悪く、走れるのに走れなかった。なんだか気持ちが萎えてしまった。

気持ちが上がらない状態だったが、次のCPでも友人が待ってくれているはず。とにかく向かうしかない。

 

 

CP6 Queen Victoria Hospital 12:43:12

サポートが付けられる最後のエイド、CP6に到着した。 7時半を回っていた。

以前なら、ここを出発するのはいつも6時、7時だった。 明らかに時間が遅い。

待っていてくれた友人の顔を見て、ホッとする。 涙が出そうだ。

ここが最後の食事を取れる場所だ。 友人がエイドでヌテラとピーナツバターブレッドを持ってきてくれる。

火に当たって体を温める。 何故だか手がドラえもんのように浮腫んでいた。寒い。気温は5度ぐらいだ。

サーマルの上にウィンジャケットを着る。

先についていたマサさんを見て、ホッとする。 ここからは一緒に行こう。もう抜け駆けはしない。

最後のサポートエイドで少しゆっくり休んで、ここからはWマサさんと一緒にスタートした。

 

CP6を過ぎると、急な上り下りが続く激坂が現れた。私たちは歩くことにした。

走れる区間もあったが、結局走らずに進むことになった。

CP6で預けたポールを使って激坂を下り、登る。ポールを使うと、足の負担が格段に軽くなったことに気づいた。初めからポールを持っていなかったことを後悔した。

 

フラットな道が現れ、少し走れるかなと思った。しかし、誰も走る気配がなく、おしゃべりしながら3人で進むことに安堵した。

ラストに長い階段があることを知っていたので、体力温存のために速めに歩いた。

3人いれば、長い暗い夜道も怖くなく、むしろ楽しかった。3人で歩けてよかったと思った。

Golden Stairs に到着すると、長い階段が続いている。途中で止まって蹲っている人がいる。この階段はきつい。呼吸を整えながら、ひたすら上り続ける。

何も考えず、目の前の階段に集中して登り切る。

 

Echo Point 17:21:10

ラスト3キロ。Golden Stairsを上り切るとゴールのSeanic Worldが見えている。平坦な道だったらいいな。もう走る脚力も残ってなさそうなので、なるべく速く歩くことにした。

しかし、ここからも階段が続く。なんだ、Golden Stairsで最後だと思っていたのに、小刻みに階段が現れる。と突然、ガーミンの表示が消えた。

私のガーミンはここで充電が切れてしまった。

ラスト1キロ表示の矢印が、Ferber Stepに続く道へと案内している。そこから下る。どんどんと下っていく。ここからまた階段を下り上がりしなければいけない。

長い1キロだ。

やっとFerber Stepを上り切り、Seance Worldにたどり着いた時、マサさんが残り44秒ということを知らせてくれた。私たちは18時間切りを目指していたのだ。

残り44秒。最後力を振り絞って走る。フィニッシュラインまで全力で駆け抜ける。

そして3人でゴール。マサさんの時計は18時間と33秒を差していた。

 

メダルをもらい、肩にフィニッシャータオルをかけてもらう。 終わった。100キロの道のりが終わったのだ。 そのまま終わった余韻に浸っていると、背後のゴールにある電光掲示板に見慣れた名前が表示された。 友人のHさんがゴールしたのだ。彼女は私たちの後ろのグループ4でスタートしている。そして続いて友人のNさんもゴール。 5人ほぼ同時のフィニッシュとなった。

 

 

 

そしてここから

悔しさをバネに、さらなる飛躍へ

 

最後のレースで歩きを選択してしまったこと、そしてその決断を後悔している。これは、これまでの私の走り方とは全く違う選択だった。

私はこれまで、どんなに足が動かなくても、どんなに苦しくても、ノロノロとでも前に走り続けることで、必ず走り切れると信じて走り続けてきた。実際に、足が限界を迎えたレースは一度もなかった。

しかし、今回のレースでは「歩きましょう。歩いてでもゴールしましょう。」と宣言してしまった。レースを終えて、最後まで走り切った友人を見て、私は自分の弱さに負けてしまったことを痛感した。

夜道が一人歩きで暗くて怖いことは分かっている。だからこそ、100キロのトレイルランニングに挑戦しているのだ。確かに、3人一緒にゴールできたことは嬉しかった。しかし、それは本来の私の走り方ではなかった。

これが今回の反省点だ。しかし、このような経験は実際にレースを走ってみなければ分からなかったことでもある。もちろん、100キロや100マイルのレースを歩きながら楽しむ人もいる。それは彼らの選択であり、尊重すべきだ。

しかし、私は走りたい。走ることを諦めたくない。今回のレースを通して、改めてそう強く感じた。

 

反省点の2つ目は準備不足とレースへの意識の低さ

今回のレースは、過去のレースと比べてレース前からテンションが低く、ドロップバックの準備も前日にイヤイヤで行うなど、どこか義務感のような気持ちで臨んでいた。その結果、レース戦略もきちんと立てていなかったため、ポール預け場所を間違えたり、パナドールを見つけられなかったりと、不十分なパフォーマンスとなってしまった。

冷静に振り返ると、レースに対する思い入れが足りていなかったことが最大の反省点だ。今年はレースを入れすぎて、数をこなすことに重点を置きすぎていたのかもしれない。今後は、一つ一つのレースを大切に、しっかりと準備をして臨むことが重要だ。

 

 

今後は気持ちを切り替え、ロードに集中します。9月のシドニーマラソンに向けて、言い訳しないように計画を立てて、サブ3.5を目指します。