三社目の借金はアットローンでした。

ここは銀行系のローン会社という事で、契約した利率は他の2社よりも低めに設定されていました。


けれど、ここは自動契約機が銀行の中にあり、とても緊張してしまった事を覚えています。

また、この会社だけは返済した際に返済の明細ハガキが郵送で届くのです。

これには参りました。

とりあえず、会社宛に届くように手配はしたものの、一取引毎にハガキが届く為、返済しては借入をするという私のような場合、一日に2取引、3取引になってしまい、ハガキもその枚数届くのです。


アットローンは二度、増額しました。

ここは50万の枠でいっぱいになったのですが、三洋信販がオシャカになったら…という念のためのつもりだった筈なのに、あっという間に借入は嵩んでいきました。


私にとって、にここは敷居が高いイメージがありましたが、利息のことなどを考えればどう考えても一番良心的な取引先なのですよね…。

敷居が高いのは当たり前、まっとうな会社なら、私のようなデンジャーな相手に増額なんてなかなか気持ちよく出せる訳ありませんとも。


接客対応のみで印象を決め付けるあたり、アホなんでしょうね。







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ディックファイナンスとの取引が長期にわたるにつれ、月に返済する金額も段々増えていきました。

しかも、枠いっぱいに借りている為、いつも余裕のない状態でした。


そこで、職場近くの無人契約機コーナーがある、三洋信販に足を踏み入れることにしたのです。


当時、ポケットバンクの名称でCMでもかなり手広く事業を展開していた事で、気安いというイメージがあったことは否めません。


審査は通り、私はいきなり50万の枠に20万の可能額を引き出す事に成功したのです。


ここからお決まりの多重債務コースに乗ることも知らず…。

数度の返済実績を経て、すぐに融資可能額は30万になり、35万になり、40万、50万になりました。



ポケットバンクとディックファイナンスの二輪走行で借金生活を行う中、一つの事件がありました。

ポケットバンクの全店業務停止処分という事件です。


私はこの事件の時、ビクビクしていました。

もし、三洋信販が破綻してしまったらどうしよう。

別の会社に債権が委譲されたりして、一括請求なんて来るんじゃないだろうか。


既に自転車操業のいっぱいいっぱいです。


焦りながらアットローンとの契約も済ませたのもこの頃だった筈です。

もし、ポケットバンクが破綻した時に少しでも何とかできるようにとの思いでした。


結局、そんな事は起こりませんでした。

しかし、悪評というのはやはり会社の業績ダウンになるのでしょう。


私と言う人間の小賢しさというのはこんな時、最大限に発揮されました。



ついさっきまでビクビクしていたというのに、私は今度は大胆な賭けに出たのです。


それは、限度枠の増額申請。

50万円から55万円にして欲しい、と。


その時、私は一つの可能性に賭けていたのです。



『ポケットバンクは今業務停止処分の煽りを受けて、評判もガタ落ちだし業績も悪化しているに違いない。だから審査は甘くなるに違いない』



そして、契約書を書き換えという形で審査は通過しました。

今度の限度額は100万。

とりあえず、融資可能額は55万-----。


後は簡単です。

返済さえ滞らなければ良い事でした。


二ヶ月に一度、一ヶ月に一度…。

増額を願い出て、それは殆ど断られる事なく融資が実行されていきました。

体感していただけに断言できます。


あの業務停止の事件後の約半年間、

三洋信販の審査基準は異常と言っていい程甘く杜撰なものでした…。

半年以降はきっちりと厳しく管理されていたように思いますが…


結局、89万円まで私は引き出したのです。




…ポケットバンクとの取引は最後まで利息制限法の上限いっぱいでした。



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折角完済して綺麗な身になったというのに、一体何なのか…。


平成15年、再び私はサラ金に手を出すのです。

またしてもそれはCFJ、ディックファイナンスでした。


当時、仕事も転職し、収入も15万以上は確保できていました。

職場もとてもいい雰囲気で、仕事も充実していました。

不安定要素といえば、それがフルタイムとはいえパート雇用であった事。


そして、その職場の近くに、地域でも非常に大きな規模のパチンコ屋が2店舗もあったという事。


パチンコ屋に足を踏み入れるようになったのは本当にすぐだったのではないでしょうか。

少しずつ、少しずつ私の経済状況は悪化していきます。

でも、時々勝ってしまう。

これが最大の問題点だったのではないでしょうか。


どれだけ勝ったところで、負けてしまえば勝った金額なんてあっという間に回収されてしまいます。


そもそも、自分の問題としては、勝ちをいくら重ねても満足する事がないのです。

ひたすら私は打ち続けるのです。

頭がおかしいとしかいえません。

途中でドル箱を積み上げても、無くなるまで打ち込む事もザラでした。

これが依存症といわずして何というのでしょう。



こうして、借金を再開することになりました。

前回完済していた事もあり、審査も即通過したのです。

最初の枠は30万、うち融資の可能額は20万だったでしょうか。

利率は29.2ですか?

上限だった筈です。


当然のように返済金額が、雪だるま式に増えていきます。

しかし、融資可能額もすぐに30万になり

枠が50万になり、70万になり…。


その頃には次のサラ金「三洋信販」へ手を出していました。

何度か融資の増額を重ねていく度に、時々は増額不可という結果を貰うようになったからでした。

それでも、良心的に思ったのは、自分が何も知らないからでしょう。

相手も、私が返済を滞らせたことがないという事で利率をお下げしますよ、と言ってくれてとても感謝していました。

まあ、言い方を変えればそれまであちらが暴利を貪っていたという事でもありますか…。

ただ、他の知り合いなどの紹介をお願いします、といつも言われるのには閉口しました。



多重債務を抱えるようになった頃、ディックから電話がありました。

調べればわかるのですね。


利率を下げるので他社から融資を受けている分の借り換えをしてもらえませんか、という誘いでした。



この話に私が飛びついたのは言うまでもありません。


こうして、私は一気にディックファイナンスから174万の融資を受けることになったのです。




その後、さらに私は増額の申請をし、最終的に183万にまで膨れ上がりました…。










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