自分の哀れを売りにして

自分の淋しさを売りにして

そんななりを引きずって
まで

認められようとしなくても、繋がろうとしなくても、愛されようとしなくても、


もういい

もういい

もういいんだ


陰でニンマリするような


そんな陰湿な楽しみは


そんな寂しい楽しみは


どうかさっぱり足をあらおう…


楽しかったかい?


いいえ、ちっとも
楽しくなかった


心はいつもすさんでいた


よく頑張ってきたね


本当に寂しかったね


よくぞよくぞ


命に幕を下ろさずに


よくぞ生きてこれました


よくぞ生かして頂きました


嘘まみれの自分を


どうかどうか


赦してあげて


もう頑張らなくていいのだと


もう守る必要などないのだと


ありがとう


ありがとう


どうか安心して


光にお帰りなさい…


空いた空間のすべてには
沢山の愛を
どうかどうかあふれる愛のシャワーを


わたしの乾きが


満たされるよう


いっぱいいっぱい
浴びなさい


本当だ


人は自分で自分を
癒せるのだ


わたしよ、

愚かで素晴らしいわたし


わたしは今、


はじめて自分を
愛おしい眼差しで
見てあげられている


まるでやくざのような
わたし


暴力と嘘と。
表現の形が、
そのやり方が、


違うだけの


たちのわるいやくざ


愛おしいやくざよ


ありがとう


さようなら



自分が、認められたがりモンスターだと、


心底感じた。


すげぇ怪物を飼い馴らしていたものだ…


いや、自分自身がモンスター化していた。


認められたい。
わかって欲しい。


わたし辛かったの。
こんな目にあったの。
わかってくれる?

いじめられてねぇ…

淋しくてね~

聴いてくれる?
わたしの被害者ぶりを。


って。


聴いてもらえたら、
はい!用済み!

ポイッと放る。

わかってくれないの!
じゃあいい!

はい!用済み!

ポイッと放る。


どれだけの人を傷つけてきたことだろう…


人の痛みがわかるようなふりをして、実はな~んにも汲み取れない。


自分さえよけりゃー
それでいい

ってか?


寂しく、さもしい、
心の泉が枯渇した、
痛い奴だと


自覚する。

気づけてよかったね、
マジで。


心の底から大きな声で
笑ったことなど皆無であった。

過度な責任と
過度な無責任を

いったりきたりの人生だった

集団の中で、
「誰が話を聴いてくれるか」

「誰がわたしを認めてくれるか」


それだけを主眼に生きのび続けることがすべてだったわたしに、

「楽しい」と思える自らの選択が、いったいいくつあったろう…


わたしはただ、わたしだけは、唯一わたしに言ってやれる。


あんたはひどい。

しかし、それでもよくぞここまで。よくぞ生きてきました。


と。


誰にも理解されないだろう。痛い奴という意味以外では。


わたしに寄り添ってくれたわたしよ。


いままで本当に、本当に、ありがとう。


もういい。
十分やりつくしたな。


安心して光に帰りなさい。
という体験をしたよ!

できないという体験も!


これからは「する」を
体験します!


ありがとうわたし!