0期のちひろです。

ここ最近感じているのは、「動け」のサインが多いということ。

動くのに必要だったピースが集まりはじめ、

もうなにかが動き出していることを体感する。

やるか、やらないかは自分の選択次第だけど、

やると決めたなら、心を込めて動きたいね。

今回のテーマは「動く」ということについて。

さて、いってみよう!

 

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アクセスリーディングのセッションでは、

最後に必ず行動を促す。

セッションを受け、自分と向き合った中で、

実際に、次、どんな行動を取るのか、クライアントに決めてもらう。

「なんとなく、答えが見つかった」とか

「問題に見えていることに風穴があいた」とか、

なにかを思うだけでは済まされない(笑)

 

でもさ、アクセスリーダーとしてやりながら、

この、“行動をしなきゃいけない”ってのが、若干面倒だなって思っていた。

 

面倒だなと思う理由は、心が変われば現実は変化するのを体験済みだからで、

心の変容があれば、行動も自然に変わると思っていたから。

無理してなにかやるってのが、自分を束縛するみたいで嫌だった。

 

でも、大輔さんの言葉で、行動を取る理由が自分の中で腑に落ちて、

とても気持ちが軽くなったの。

シンプルなことだったのに、なんで、こうも気づかないものなのかね。

 

その大輔さんのフレーズは、

「愛は能動的」って言葉。

 

大輔さんのグルコンを受けていれば、何度も聞くこのフレーズ。

「愛されたい」とか

「認められたい」ってのが出たら、

それは同時に、自分が

「愛したい」「人を認めたい」ってことでもある。

愛は能動的だから、行動をともなったときに、

自らの愛情表現を達成した時に、

喜びや充足感を得ることができるんだよね。

 

傷つくのが怖いと、行動しても

「あぁやっぱり駄目だった」

と中途半端な結果になることが多い。

けれど、この現実世界で自ら選択し、その選択を行動に変えた時点で、

自らの愛情表現は成しえた訳で、結果が思い通りにいかなくても

まずは、その行動した自分を認めてあげていいいのだよね。

 

 

愛は能動的であり、行動的――。

このフレーズ、とても人間的で、好きだなって思う。

子供を見ていると、周りにいる大人になにか与えたくて与えたくて

仕方ないのがわかる。

 

子供は単純だからわかりやすいけど、大人も同じ。

先ほど、自分の父親を見ても、「与えたいんだな」とつくづく思わされた。

今、父は半身麻痺&失語症を患っているのだけど、

母から聞いた話だと彼は、

「自分はこの先なにか、人の役に立つことはあるのだろうか」と

思い悩んでいるということだった。

もう、空気からも真剣に悩んでいるのが伝わるのだけど、

その一方で、どうしようもなく愛したい人間の本質が見えて、

とても素敵な光景のように思えてしまったんだ。

 

父が倒れて1週間くらい経ったころだろうか。

「なにか伝えたいことはないか」と聞いて、

彼がはじめてペンを手に取って書いたのは、

母のお母さん(つまり義母)は元気か!?というものだった。

字にもならない乱雑な殴り書きのようなその筆跡に

父の想いが込められていて、

どうしようもない私たちの人間らしさがにじみ出ていて、

思い出すと今でも少し、泣けてしまう。

 

どうしようもなく愛したいのだから、

なにか一つでもまず、行動を取ることを。

 

まずは習慣化されていることに意識して

心をかける、というのでもいいと思う。

もし余裕があったなら、もう一歩踏み込んで、

腰が重くなるほど核心に近いことをしたいね。

 

この世界線を超えて、新しい物語の舞台へ。

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