心の中でひっかかるもの | アクセス東京支部メンバーのブログ

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NPO法人アクセスの東京支部による活動の記録。アクセスの公式意見を書いている訳ではございません。

この日は尊敬する仲間、くらっち君とにっしー君の送別会。




なんでも2人はフィリピンの貧困問題を解決するために、最近会社を辞めて




これからフィリピンの現場に旅立つとか。




長年温めてきた素敵な想いを持ってアクションを起こす姿、




とってもかっこいいですよね。大きな刺激をくれます。




2人のそれぞれにしかない素敵な想いと個性で現地で旋風を巻き起こしてきてくだされ^^




いつでも日本からうちらの仲間が応援してるよ~。




コチラ4年位前、スモーキーマウンテンの青年会のみんなと。この時の彼は若かった。言い意味で。


$先生の卵まちゃのブログ




さてさて現地で事業をやることに関して個人的に思うことがあるんです。




アクセスでは農村やスラム街に住んでいる人たちと一緒にプログラムを運営している訳なんですが、




個人的にそこに住んでいる人たちよりももっと貧しくて困っている人がいるって経験的に感じています。




それは都市部に住む路上生活者の人たち。




そう思う根拠としては、農村やスラム街に住む人たちに比べて、




自分が属するコミュニティがなく、路上で個別的に生活をするために




精神的なゆとりがとても少ないって感じる所です。




嬉しいことやしんどいことなど、それを一緒に共有できたりする家族や仲間、コミュニティの存在ってとても大きいと思います。




支援のあり方として、一番困っている人からっていう考え方は最もだと思います。




ですがそうした一番困っている人たちが個別的に存在してしまう場合を支援した時に、




その人が「自分が貧困から抜け出せればそれでいいやー」




って考えだと他の路上生活の人たちにとっては何の影響もなくて生産的じゃないですよね。




なのでアクセスでは農村やスラム街といった人が沢山いて、




個人だけでなく地域的に協力し合えるコミュニティでプログラムを行って、




組織化を行っている訳なんです。




支援の対象を個人にするよりも地域にした方が影響を与えられる人たちが多いですもんね。




集団的エンパワーメントって言うらしいです。




論文的な記事になってしまってるので、色々とはしょりますがw




それでもたまにマニラに来て、




物乞いの人たちや路上生活の人たちがとても寂しそうな目をして座っているのを見ると、




「これから毎日ずっとあんな目をするのかな」って




初めてこうした姿を目にしてから6年位が経った今でも、





未だに胸が締め付けられるんですよね。




そうした人たちと一緒にプログラムを行って、




寂しそうな目が輝いた目になった姿を見れたらどんなに嬉しいだろうって思うんです。




ですが物乞いや路上生活の人たちと一緒にプログラムを行うとしたら、




効率的に成果を出すためにシェルター的なコミュニティ的な物を作る所から始めなければいけませんし、




費用vs効果を考えた時に費用が買ってしまうってのも分かるんです。




僕はくらっち君とにっしー君みたいに事業を興すわけではないので、




偉そうなことは言えないんですが、




心の中でひっかかるのはいつも物乞いや路上生活の人たちなんですよね。




事業を興す時って、




対象をどういう人たちにするのか、




どういう方法で行うのか、




財源はどうするのか




それを決める中で生じるそういうジレンマってやっぱり付き物ですよね。




論文的な記事になってしまってすいません。




ではまた~