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地下水道

やくたいもないことばかり書きます。
こんなつまらない奴もいるんだと、思っていただけたら本望です。

6日7日の両日、福岡マリンメッセにて行われたFaOIに行ってきました。

今はツイッターでリアルタイムの情報が流れますし

既に多くの方がレポして下さっているので書く必要もないのですが

この眼で観て感じた自分の気持ちを記憶に留めておきたいので、書いておこうと思います。

プログラム構成やスケート技術に関する記述はありません。また、思い入れの強さゆえ客観的な考察もできません。

これはレポではありませんので、軽く読み流してくださいね。



泣きどおしであった。

オープニングから次々と現れるスケーターの姿に涙し、郡山くんの最後の演技に涙し、町田くんの白夜行にまた涙した。

何回泣かせるねんスケーター。

そう呟きながらも涙の甕は溢れるばかり。まあ良いよね、枯れるよりは。


泣いて、笑って、泣いて、また笑って……人生はその繰り返しだ。

苦しいときも楽しいときも瞬く間に過ぎて行く。人生は前にしか進まない。

若手には若手の、トップ選手にはトップ選手の、ベテランにはベテランの、それぞれの苦悩と喜びがある。

その人生の輝きを、わずか数分間の演技に凝縮して見せるフィギュアスケート。

ああ、私はやっぱりフィギュアスケートが大好きだ。


羽生結弦選手。

オープニング、登場の瞬間から無類の存在感で眼を惹きつけます。

素人目にもスケーティングの向上が感じられる。スピードがあり滑らか、一蹴りでよく伸びます。

もはや定番のへランジ、その後に見せる高速スピンの美しいことといったら…。

ポジショニングの正確さはもちろん、スピンでも表現できるのが羽生くんの強みです。


AIさんとのコラボ 「Story」。

ジャンプ、スピン、ステップ、一つ一つのムーブメントにいたるまで、万感の思いが込もっていました。

素晴らしい演技でしたが、私にはちょっと辛かったかな。

押さえきれぬ思いに耐えるような、自らを戒めるような… 祈りと誓いと、贖罪めいたものを感じました。

喪失感も罪悪感も、彼の心から消え去ることはないんですね。


震災後もスケートを続けた羽生選手の演技に、どれだけの人が勇気づけられただろう。

あなたが罪悪感を感じる必要はない。そうどれだけ伝えても、彼が心の荷を降ろすことはないのでしょう。

その気持ちを抱え人々の期待に応え続けることで、かろうじて自分を許せるのかもしれない。

ならば、何処までも何処までも、誰の心も及びのつかないところまで行って欲しい。

人は絶望の果てからさえも希望を生み出すことができるのだと、人々にそう信じさせて欲しい。

あなたにはきっとそれが出来るよ。

「オリンピックで金メダルを取りたい」 あどけない笑顔でそう話していた、かつての羽生くん。

その夢が今もなお、あなたにとって甘やかで幸せなものであることを、祈っています。


フィナーレ、恒例のジャンプ大会。4T+3A+3A+3A+1A…エンドレスで跳びつづける羽生くん。

訳わからん、正気か(汗)。

完治するような怪我じゃないって言ってたじゃないか。オーサーコントロールはどうした!はよ取り押さえんかい!!

動揺と歓声(悲鳴?)渦巻くなか、ジャンプ大会は幕を降ろしました。

羽生くん、ファンサービスをどうもありがとう。(でもほんとはただ跳びたかっただけだと思う。)


フィナーレの羽生くんは本当に楽しそうで、子供のようにはしゃいでいました。

郡山くんともハビエルとも仲が良くて、ステファンとハグしたりジョニーに汗を拭いてもらったり

皆に愛されているのが伝わってきます。

それもこれも彼の素直さゆえですね。その天真爛漫な明るさも、ずっと無くさないでいて欲しいです。


最近のインタビューからは、苦しいシーズンを経て精神的に大きく成長した姿が伺えました。

今季のフリーはロマンチックで情熱的なプログラム。昨シーズン封じこめられた表現への飢餓感も解消できるでしょう。

ジャンプの本数は増やさずに、昨季と同じ構成でいくと聞いて一安心。

そう、ここはやはりプログラムの完成度で勝負して欲しいです。オリンピックは夢の舞台。

羽生くんの描き出す鮮やかな物語を、世界中が固唾をのんで待っているのだから。



ジョニー・ウィアー選手。「スワンレイク」&「Born This Way 」 

(ここから更に、ひとりごとモードになります。ジョニオタなので許してくださいね。)


半年ぶりに観るジョニーのスワンレイク、表現は一段と深化したようだ。

プリンスでありロットバルトでもあるような、鏡の迷宮さながら妖しく反転する世界観。

美と醜を同時に見せるトリックスターぶりはジョニーだけのものだ。

ひとつひとつの動き、身体の線の見せ方がとても美しい。

視線にも指先にも語らせる。滑っているときだけでなく止まっているときでさえも、物語は淀みなく流れて行く。

ジャンプの調子は…うん、もう少しかな。3Aがバンクーバーレベルにまで戻ることを切に願います。


ガガか… 面と向かって「ノー・モア・ガガ!」と発言したステファンが居てもなお、ガガなのね(笑)。

いや、もう何も言うまい。だってあんなに楽しそうなんだもの。お尻ぺんぺんの振付にも私は耐えるよ。

レディー・ガガというアーティストもジョニーのガガプロも、決して嫌いではないんです。むしろ好き。

フィギュアスケートにありがちな、造り物めいた美しさを否定するパワーが小気味よく、恰好いいから。

ましてや「Born This Way」とは、ジョニーの為にあるような楽曲ではないか。

競技人生最後の年にこの曲で滑りたかった彼の気持ちは、十二分に理解できます。


レディー・ガガの挑発的かつ享楽的なパフォーマンスは

その過剰さゆえにそれとはまったく裏腹の、彼女のシリアスで無垢な本質が透けて見える。

そのアンビバレンツこそが彼女の魅力であり、ジョニーが惹かれたのも間違いなくそこだろう。

社会との齟齬や差別に苦しみ続けた彼女が、「他の道なんてない」 「私はこのように生まれたの」と高らかに宣言する。

「僕はこのように生まれた」そう宣言するために闘い続けてきた彼が私たちに伝えたいことは、

いつだって変わらず「Born This Way」なのだ。


ファンは盲目、私はそれで良いと思っています。けれどそんな私でも、時には見えてしまうことがある。

今回のようにトップレベルの選手たちとジョニーを、一緒に観てしまった時は特にね。

彼にはかつて特別な才能があった。基本のスケーティングスキルだってしっかりしてる。

でも彼はもうアスリートの全盛期を過ぎている。今のジョニーに高度な技術力はない。

結局そういうことなんだよね…。


オリンピック出場への道がどれだけ険しいか。ジョニーだってもちろん解っている。

それでも彼があの舞台に戻ろうとするのは、それこそが彼の「Born This Way」だからだろう。

勝ったと言っては泣き、負けたと言っては泣き、怪我が痛いと言っては泣いたジョニー。

「怪我するからクワドは大嫌い。」身も蓋もない発言で呆れさせたあなたの足の指は、テーピングだらけだった。

共に笑った日、泣いた日、祈った日…あなたと過ごした10年間を後悔したことは一度もないよ。


だからもう一度眼を閉じて、あなたと一緒にソチの夢を見よう。



ここまでお読みくださった皆さん、ありがとうございました。

追記:いちご先生のご指摘につき、誤字訂正致しました。「百夜」ではなく「白夜」ですね(汗)。ありがとうございました。
    また、「Born This Way」の歌詞「私はこのように産まれた」も「生まれた」に訂正しました。
    「どのような自分であっても、私はそのように(神によって)創られた。私は正しい道を歩いている。」
    そのように「産み落とされた」という意味で表記しましたが、やはり違和感があるので訂正しました。
    国語力が不足してますね。失礼致しました。