これは目先の現実逃避というよりも、構造転換に踏み切ろうとしないという点での根源的な問題だ。

 

 

 ひろゆき氏は、ナフサの調達難により水道管価格が高騰するなどし、福岡県飯塚市で工事の入札が中止されたことなどを報じた、西日本新聞のネット記事を添付。「ナフサ不足による問題が現実に起きてるのに、頑なに認めない政府と信者って凄いよね」とつづった。

 

 そして「『ドント・ルック・アップ』という隕石が落ちてくるのが見えてるのに、上を見ない事で認めない人達のコメディ映画を思い出したおいらです」と述べた。

 

 この投稿に対し、ユーザーから「まさに『ドント・ルック・アップ』の世界。現実の供給危機から目を背けても問題は解決しないのに。現場の悲鳴より都合の良い現実を信じたい層が多すぎて絶望します。一刻も早い現実的な対策が必要ですよね」というコメントが寄せられると、ひろゆき氏は「現実逃避して気持ちよく生きていきたい気持ちはわかりますけどね、、、現実逃避が許されるのは子供だけ」と返答した。 

 

政府が目を背けたのはこの現実に限った話ではない。新型コロナワクチンの不足も米不足も同様に「足りている」と言い張り、実際に供給に支障を来している現実が報道されると必ず「目詰まりが起きている」と言ってはぐらかして来た。

 

経済予測には市場経済と計画経済の異なるアプローチがある。政府は計画経済のマクロ視点に固執するあまり、需要と供給にパイの伸縮が大きく影響することを意図的に無視している。これは日本政府の「無謬性を礎とした政策決定」による構造的な欠点だ。初めから決まった枠でしかモノを考えず、たとえば「足りている」との判断による無策が結果として不足を招いたり、「最低この程度」と見積もった規模が大幅に無駄をはじき出したりするという、これまでに繰り返し見られた「見積もりの甘さ」という無能の証明に結びついているのだ。

 

要するにこの無能政府に足りないのは「スケーラブル(規模の変化に追従出来る柔軟性・拡張可能性を持つこと)」というものの考え方なのだが、これは元来システム工学によって生み出され支えられる類のものである。俺は従来より「政権中枢にシステム屋を入れろ」と言ってきたのだが、それはこの考え方を取り入れることがこれまでのズタボロ政府を立て直すのに必至だからなのだ。

 

政府の『ドント・ルック・アップ』は、いまこの時だけモノを見ていないのではない。従来、古来よりずっとシステム工学というモノを見ていないのである。この点について久々にGeminiと議論したところ、図らずも政府中枢にシステム屋をという点で完全に意見が一致した。(Geminiの方から言い出した)

 

以下に議論の概要をまとめて記載する。俺がダラダラ書くよりGeminiのまとめの方がずっと上手いんでねw

 

議論記録:市場・計画経済の論理から国家システム工学へ

記録日時: 2026年5月20日17時56分

1. 「パイの取り合い」と経済体制による意味合いの差

「パイの取り合い」や「ゼロサムゲーム」という言葉は、市場経済と計画経済の文脈によってその本質的な意味合いが大きく異なる。

市場経済における意味合い

  • 伸縮するパイ:需要・供給や企業のイノベーションによって市場規模は常に変動する。
  • 生存競争:成熟・飽和した市場でのみ、他社のシェアを奪う「ゼロサム」の激しい顧客争奪戦が発生し、敗れた企業は市場から退場(倒産)する。

計画経済における意味合い

  • 固定されたパイ:国家が資源や生産量を中央で決定するため、総量はあらかじめ絶対的に固定される。
  • 官僚間の政治闘争:企業間の顧客争奪ではなく、中央政府から自分の工場や地域へいかに多くの予算や資材を配分してもらうかという「内的な資源の奪い合い」に変貌する。

2. 重要物資の予測における「政府」と「市場」の乖離

ワクチン、コメ、ナフサなどの重要物資において、政府の「足りている」という判断と市場の「不足感」に乖離が起きるのは、上記の構造적差異に起因する。

  • 政府(計画の論理):人口や過去の統計に基づく固定値から「算数的・机上の引き算」で必要量を弾く。外れると批判されるため過小(保守的)になりやすい。
  • 市場(自由経済の論理):未来のリスクや心理的要因を織り込み、生き残るためにリアルタイムで「動的なバッファー(マージン)」を確保しようと動く。動きが極めて早い。

政府が「データ上は足りる(ゼロサムの計算は合う)」と主張しても、市場がリスクを恐れて囲い込みやパニック買いを始めれば、現場では激しいパイの取り合い(物不足)が発生する。

3. 行政組織の構造的欠陥:「スケーラブル」感覚の欠如

近年の日本政府の失態(マイナンバーカード、住基ネット、COCOAなど)の根底には、状況に合わせて供給量や対応力を柔軟に伸縮させる「スケーラブル(拡張性・可変性)」という感覚の致命的な欠如がある。

システム工学から見た政府のアンチパターン

  • 小さく生んで大きく育てる(MVP)の否定:最初からあらゆる可能性と完全性を求めて大量のリソースを注ぎ込む「ビッグバン・リリース(ウォーターフォール型)」を採用し、バグと設計ミスの影響を最大化させてしまう。
  • 仕様変更コストの無知:アーキテクチャの耐荷重を無視し、法改正や政治主導の思いつきで後から重い機能を無理やり密結合(インテグレーション)させる。
  • オブザーバビリティ(可観測性)の不在:リアルタイムの現場データ(生データ)を追う仕組みがなく、数ヶ月遅れの統計データ(エクセル)で舵取りをしている。

変革を阻む官僚組織のボトルネック

  • 減点主義:マージン(余剰)を「税金の無駄遣い」と弾劾する会計検査院やメディアの存在。
  • 予算・人事の硬直性:単年度予算の呪縛と、2〜3年でローテーションするジェネラリスト人事により、長期的な技術責任を負うCTO(最高技術責任者)が育たない。

4. 提言:政府中枢への「システム屋」の配置と、今後の展望

この旧態依然とした「無知による無駄使い」を根絶するためには、単なるITの枠に留まらず、法制度や予算、組織そのものを動的なシステムとして捉え、省庁横断的に監視・設計する「最高システム責任組織(Chief Architecture Office)」を政府中枢に設置することが必須である。

「チームみらい」がもたらす変革のプロセス

国会にシステム思考を理解する目(安野氏ら)が登場したことは歴史的な一歩である。彼らが「ふるさと住民アプリ(32億円)」のようなスケーラビリティを欠いた事業に対し、システム工学的に妥当な矛盾点を国会審議で突くことには極めて重要な意味がある。

  1. 「失敗の予言」の記録:現時点では政府の厚い壁に跳ね返されても、エンジニアリング的欠陥の指摘を公式議事録に残す。
  2. 一般人の認知転換:将来的にその事業が破綻・形骸化した際、メディアのスキャンダル論(感情論)ではなく、「設計(アーキテクチャ)の失敗」であったことを証明する。
  3. 構造改革への合意形成:予測と失敗の検証サイクルを繰り返すことで、一般社会に「行政へのシステム工学導入」の必然性をコンセンサスとして根付かせ、省庁横断的な監視組織の発足へと繋げていく。

 

チームみらいに関しては以前から書いているとおり、目の前にある「今できること」に対峙するという点のみで存在意義がある。下記に引用する動画は、政府肝いりで32億円の開発費を計上する「ふるさと住民アプリ」に対し、安野が異議を唱えているものだ。今はまだ小さな一歩で、簡単に跳ね返されてしまう力かも知れないが、上記の提言どおりこのようなチェックを記録に残すことが極めて重要なのだ。