俺はここで何度も書いているとおり、個人的に物事はすべて是々非々で判断している。特定の組織とか、特定の誰かを無条件に推し続けるようなことは決してしない。この衆院選も、今までどこを推していたかに捉われることなく、その瞬間の是と非で判断した。その結果、選挙のためだけにテキトーなことを言っている連中を悉く排除し、わずかに残った「まともな」主張を採用することになった。出来もしないこと、やればより苦難の道に国民を導くと判っていることをいかにも甘くささやいて利を得ようと考えるヤツらに託して良い未来など無いのだ。

 

小選挙区は、残念ながら中道以外の候補者がすべてアホな右翼だったため、仕方なく消去法で中道の候補者に入れた。テキトーなことを言ってるレベルはどこも同じなので白票も考えたのだが、それは自民に利するだけと解っているからこの決断になった。

 

比例区は、同じく消去法にてひとつだけ「まともな」主張をしていたチームみらいに入れた。彼らはイデオロギーを持たない集団であり、故に実際にこの国の未来の姿をどう描こうとするかは未だ未知数である。彼らに出来ることは非常に限定的で、それは「政治の世界で稼働させるシステムの最適化」しかない。彼らの主張は、今自分たちに出来ることをやる、だ。彼らは自らの「出来ないこと」には一切言及しようとしていない。

 

俺は昔から一貫して「政権の中枢にシステム屋を入れろ」と言ってきた。これまで政治の世界で仕上がったシステムがどれだけテキトーでダメダメか、見てたら判るだろう。では、何故そうなるのか?これは一般の人にはなかなか理解出来ないことかも知れないが「システム化あるある」なのだよ。システム開発する側はある意味「理系的」に、合理性を中核に据えてシステムをデザインしようとする。しかし、彼らがどれだけちゃんと作ろうとして全体像を描いても、組織の意思決定層は常に「文系的」に口を挟んでその描く像を変えてしまう。政治の世界は特に文系的に意思決定が行われるから、提示された合理性に不服を示すのは簡単で、口答えも決して許さない。そうした「環境」こそが、システムをテキトーでダメダメなものにしてしまう普遍的な原因なのだ。だからそうならないようにする方法は一つしかない。それは、意思決定層にシステム屋自身が食い込むことなのだよ。

 

チームみらいには十分にその役割を任せられる。今ある「出来ること」を、しっかりと実行して政治を前に進める。イデオロギー的な大きな事は言えないし、おそらく将来に渡っても、この国の未来を変えるほどの政策を提案出来るような集団にはならないだろう。しかし、彼らはそれをわかった上で、あくまで「今、自分たちに出来ること」だけをやると言っているのだ。

 

例えば過去に、移動の困難な重度障害者が議席を確保したことがあっただろう。その結果、参院のバリアフリー改修が行われ、それまで新幹線の1編成に一つしか用意されていなかった車いす専用シートが複数増設されることになった。彼らは自分たちに出来ることを実行したということになる。すべての議席、すべての政党が、必ずしも特定のイデオロギーや国論を二分する大きな問題にコミットしなければならないという訳ではないのだ。各々の立場で、今出来ることを粛々と進めていく。それこそが本来の政治の姿だろう。出来もしないことを選挙のためだけに「出来る!」と叫ぶようなテキトーなヤツらとは比べ物にならぬはずだ。

 

もちろん俺は自民党による権威主義化に大きな懸念を抱いているから、イデオロギー的に対抗出来る勢力があれば出来る限り力を与えたいと思っている。仮に立憲が立憲のまま出て淡々と従来どおりの主張をしていたら、たとえテキトーな消費税減税を唱えていてもギリ推したかも知れない。今回はどうせみんな同じことを言っていたのだしな。しかし、残念ながら柱であるはずの理念を捨ててまで「中道」を結成したテキトーさには絶句するレベルで、とてもついて行く気にはなれなかった。惨敗の結果、今日は新代表を選出したようだが、俺はあんなものはさっさと壊して一人一人ドサ回りから始めた方が遥かに話が早いと思っている。大体、有権者にあれだけ見限られた「中道」に、しがみついて必死に再建しなければならない理由なんて何も無いはずじゃないか。野党議員には有権者のバカさ加減に取り入るセンスがまったく無いし、政府は政府で使えるようなシステムデザインをするセンスも無い。本当にセンスの悪いヤツらばっかりだ。

 

センス無いと言えば、チームみらいの躍進が陰謀だとか言ってる連中が居るらしい。負け惜しみにしてもセンス悪過ぎるだろ。寝言は寝て言えと何回言わせれば気が済むんだろうか。