推論とは、既知の事実を組み合わせて未知の要素を明らかにしようとする試みである。
正しい推論を行うためには与えられた情報から必要にして確実と言えるような要素を収集し、求める未知なる要素の演繹的導出に足る十分な体系を築かなければならない。
だが、一般的にこの「既知の事実を収集する」というプロセスにおいてイメージや先入観に起因する誤謬の混入があるにもかかわらず、ほとんどの人がそれに気づかずに「あたかも正しそうな推論」に終始してしまうことが往々にしてあるのだ。
ここでは以下にその一例を示してみる。
この問題を解くにあたり与えられた情報は上記の「図」のみであり、よってこの図の中から「必要にして確実と言えるような要素を収集し、求める未知の要素を演繹的に導出」出来るようでなければならない。
ひろゆきは「テープは等幅だから2つの三角形は高さが等しく、さらに底辺の長さも同じなのだから面積は等しくなる」と答えたが、この問題には「一般的に『テープ』は等幅である」のような説明が一切無い。「テープ」をWikipediaで見ても「等幅である」とは一言も書かれていない。「テープだから等幅」とは限らないのだ。つまりそれを既知の事実として採用してはいけないのだが、なのに何故ひろゆきは「必要にして確実と言えるような要素である」と考えてしまったのだろうか?
実際のところ、これこそがイメージ・先入観による誤謬の混入なのだ。「テープは等幅」というのは一般的イメージからすればそうなのかも知れないが、この推論においてそれが既知の事実たり得る理由は1ミリも無い。ちなみに元になった小学生用の問題では、これより前に小問がいくつかあり、その中で「このテープは等幅です」との説明がハッキリとあるらしい。その場合はもちろん既知の事実として採用して良い訳だが、その説明がなく上記の図だけで示された番組の問題に限れば、根拠も無しに「テープは等幅」と言うのは許されず、明確に誤りとなる。
では、この問題はどのように推論すべきなのか。
実はこの問題図には「テープは等幅」を採用せずとも2つの三角形の高さが同じと断言出来る理由がキチンと示されている。テープの上線・下線ともに右端近くに小さく記された「矢印」がそれである。この矢印は算数・数学の世界で「2直線の平行を表す」という約束になっているから、それを既知の事実として使えるのだ。2直線が平行ならそれは等幅であり、ならば2つの三角形は高さが同じだと言える。ひろゆきはこちらの既知の事実を使って導出すれば正しい推論になったのだが、「テープは等幅」というイメージ・先入観の方を採用してしまったため誤ったプロセスを辿ることになった。
残念なことに、番組は最初から最後まで、平行を表す「矢印」には一切触れることなく、「テープは等幅」のイメージを堂々と掲げながら「あたかも正しい推論を遂げたかのように」幕を閉じた。
実際こんなことが今の世の中どこででも行われているのだ。
いったい何が足りないのか、良く判るだろう?
