これほどの事故で日航機側に死者が出ずに済んだのは、まったくもって不幸中の幸いとしか言いようがない。

 

 

通常、着陸に際してどのような判断が行われたかは管制記録を見れば一目瞭然である。管制塔と離着陸機の交信は漏れなく記録されているので、その記録に照らして明らかに異なる言動があれば取りも直さず人的ミスが原因だと判断し得る。

 

この事故の一報を聞いて俺が真っ先に思い出したのは、1982年に起きた「羽田沖墜落事故」である。福岡発のダグラスDC-8日航機が羽田空港に着陸する際、滑走路の遥か手前で減速、あろうことかエンジンを逆噴射して海に墜落した事故だ。

 

この事故の原因はその後の調査により、操縦していた機長が重度の精神病で判断力を失い、着陸操作の前後で半ば意識を失っていたことによるものと判明した。まだ飛行中にもかかわらずエンジンを逆噴射するという異常行動は、隣に座っていた副操縦士の「機長、なにするんですか!」という叫び声がボイスレコーダに残されていたことでも有名になった。

 

航空機の操縦士は、およそ世界のあらゆる仕事の中でも最大級に集中力と正常性を求められる職業なのではないだろうか。その職に就くものがいざ精神を患った際にどれほどの悪い影響を及ぼすかは容易に想像出来る。

 

羽田沖に墜落した日航機では20名以上の死者を出した。ところが驚いたことに、事故を起こした当の本人である機長はこの時、乗客や他の乗務員よりも前に、真っ先に救命ボートに乗って現場を脱出していたのだった。

 

そして、この新年2日の海保機。爆発炎上した機では5人の乗員が死亡した。しかし、機長だけは自力で脱出し、重い火傷を負ったものの命は取りとめた模様だ。

 

当事者の主張に差異が有ったところで、航空機の動作にかかる妥当性は管制記録がすべてである。海保機の行動に過失があった事実はほぼ確定的だろうが、ならば問題の焦点は「何故そこに判断ミスが生まれたか?」だ。羽田空港では航空機の発着がほぼ2分間隔で行われている。そこには管制システムの正常性だけでなく、人間の正常性の担保が必須との前提があるが、人間はそこまで正確な機械ではあり得ない。

 

時を隔てて羽田で起きた2度目の重大事故。「うっかりしました」「間違えました」では済まされない現場で、今後も2分間隔の発着を狂い無く継続して行くにはどのような見直しが必要か、「機械」「システム」ではなく、「人間」を中心に考えなければならないタイミングなのではなかろうか。