俺も加藤浩次と同じで成人式などまるで必要無い派だ。そもそも成人式なんて「成人年齢は○○歳です」という決め事に沿っただけの「国民合同誕生祝」でしか無い。法的に成人枠に縛られるようになるだけの事がなんでそんなに目出たいのか。
加藤は「地域みんなで集まった方がいいのかなぁ。家で家族と一緒に“成人おめでとう”ってやって“自覚を持ちましょう”って言えばいいんじゃないですか」と指摘。
本当の意味での「成人」は法に依存するものではなく、人の成熟度に由るものである。合同誕生日に寄り集まってバカ騒ぎに興じるパーリーピーポーに成人の肩書きなど分不相応だ。仮に地方が若者の帰郷を促すための行事に位置付けているとしたら意味の無い「釣り行為」だろう。こんなクダラナイ「しきたり」はさっさと止めてその分子育て支援に予算を回してくれ。
ちなみに俺は生まれも育ちも東京23区内だが、その昔、区の成人式などは一切スルーしたどころか家庭で二十歳の誕生祝すらしなかった。それでも法的成人の自覚を持って今まで生きて来たつもりだが、本当に人として成熟出来ているかと自問すればいまだに自信は無いし、たとえいつかそう思える日が来たとしてもそれを祝うはずもない。
成人とは自らの内面に立つ「もう一人の自分」である。自分はただそれを追い続けるのみであり、ご褒美を与えたり与えられたりする立場では無いのだ。式典に名目を求める行為は安易な勘違いではないのか。世の中には有っても無くても何も変わらんようなモノを無思慮に有り難がる人間が多過ぎる。エサをばら撒いてつまらん本能を呼び覚ますよりも、もっと深く考える人になるための教育を重視すべきだ。
