夕食後のマッタリ時間に、何気なく回した(死語かw)チャンネルで画面に映し出された心象風景に、何とも言えない懐かしさと緻密な世界観を感じ、これは久々に秀逸なドラマだなと思って見始めたのが、silentだ。

 

その時点で既に3話目で、しかも始まって20分ほど経った所から見始めたのだが、これまでも俺がすこぶる評価したドラマはすべて「途中から見始めた」ものばかりだったから、今回も例に漏れず期待出来るということになるのだろう。

 

この作品の作りは、既に大御所となった岩井俊二監督の、まだ若かりし日の作品と同じ匂いがする。出世作として有名な「打ち上げ花火」もさることながら、フジテレビ深夜枠で若手クリエーター発掘目的で行われた「La Cuisine」という単発ドラマ企画で岩井が披露した3作品、「オムレツ」「GHOST SOUP」「FRIED DRAGON FISH」は本当に秀逸だった。

 

中でも特に良かったのが「FRIED DRAGON FISH」。話の内容そのものはどうでも良く、ハードボイルドチックだが荒唐無稽なだけで取るに足らない。評価すべきは登場人物の心象風景を丁寧に描くその力量だ。岩井の脚本は言葉の選びかたが絶妙で、人物の心理を一瞬にして視聴者に伝えてしまう凄みがあった。それにあの独特な映像表現が加わるのだから鬼に金棒だと言える。

 

silentという作品には何か特別な映像表現手法が使われている訳では無いから、やはり岩井作品に通じるのは脚本による部分が大きいのだろう。聞くところによれば脚本担当は新人発掘企画で受賞した人らしい。若手が個性的な作品を生み出すというのもまた時代を超えた楽しみだ。

 

ところで、世間であまりにも高い評価を集めているため、silentのロケ地はもはや聖地化してしまっているという話だ。

 

 

実は、俺は高校時代のほとんどの時間を下北沢で過ごした。正確に言えば、学校に居るか家に居るか以外は大体、シモキタに居たということになる。シモキタで何をしていたか?については言及を避けるが、とにかく様々な経験をして青春時代を過ごしたとだけ言っておこう。

 

そして、その頃の近しい級友の家が世田谷代田に在った。世田谷代田はシモキタから一駅だから、そいつは歩いても家に帰れた。二人でさんざ遊んだ挙句、転がり込んで泊めてもらう時などには、シモキタから世田谷代田まで夜中の道をてくてくと歩いた。当然、数十年も昔の話だから小田急線はまだ地上を走っていて、ドラマに登場する「代田富士見橋」は無く、その横を走る赤堤通りが環七を跨ぐ陸橋となっており、そこを何度となく渡ったものだ。

 

今のシモキタ、そして世田谷代田には当時の面影が全くない。全く、は少し言い過ぎかもしれんが、路線の形状が変わる事がこれほどまでに街の姿を変えるのかと驚くばかりの変わりようである。町の変貌を目の当たりにするとき、同時に感じざるを得ないのは自らの年齢だ。本当のウラシマ効果とはこの事なのでは無いかと訝る。

 

さらに言えば、実はドラマに登場するカフェの場所、通りも、その頃の俺の生活圏の中に在った。そのカフェからごく近い場所に、頻繁に通っていたからだ。

 

そんな訳で、この秀逸なドラマを見るにつけ、登場人物の中にある心象風景と、俺自身の中にある心象風景が同時に浮かび上がって来るという体験を、俺は毎回していることになる。このドラマの「せつなさ」が良く話題にされるが、俺は自分で別の「せつなさ」を被せることになってしまうので、いつもダブルパンチなのだ。