もはや新聞ではなく、ただの紙クズだ。こんな紙クズに、あたかも「民主主義国家の報道機関」であるかのような顔をされるのは我々国民の恥である。

 


俺は今後、二度と産経新聞の記事を取り上げることはないだろう。恥ずかしいオワコンの、激しく突っ込み所満載の恥部をここに晒して紙クズへのレクイエムとしてやる。

 

6人の任命ばかりに固執し、自らのありようにはきちんとした反省を示さない学術会議について、国民に尽くす未来を思い描くことは難しい。

 そのうえ、学術会議は、最も深刻な問題である「軍事忌避」体質を改めようという姿勢を示さなかった。このような組織を国民の税金で養う必要があるのかとさえ思ってしまう。

 
学術会議は法律で設置され、税金で運営されている。会員は特別職国家公務員だ。国政選挙や国会の首相指名選挙を経て就任し、学術会議を所管する首相が任命権を行使するのは当然だ。学術会議の反発は民主主義的コントロールを拒むもので筋が通らない。
 
産経のこの主張は支離滅裂だ。
 
学術会議の軍事忌避体質を指して「最も深刻な問題」と言うのだが、軍事研究を行わないことと任命拒否問題には何の関係も無い。首相自身が言っていることだ。首相は任命拒否の理由を一切明かしていない。いくら問われても「選出の公平性が・・・」などとおよそ真実性の無い返答ではぐらかすばかりで、ましてや「学術会議が軍事忌避体質を改めないから」などとは一言も言ってない。
 
6人への任命拒否は、国民に対して理由を一切不明にしたまま、国民の眼前で大々的に行われた疑惑の措置なのだ。それが問題視されるのは当然であり、「固執するな」という主張こそ筋が通らない。
 
もちろん、「学術会議の軍事忌避体質が深刻な問題だ」とする議論は有って当然だろう。それを否定はしない。おおいに問題提起したらいい。
 
しかし、それとこれとは全く別の問題だ。
 
学術会議は法律によって210人での構成となっており、現在は任命拒否のためそれを満たすことが出来ていない。法律に則って早急に是正する必要が有るが、たとえ新たに別の6人を選出するにしても、何故元の6人が任命に適さなかったのか、その理由が明らかにならなければ再選出のしようが無いだろう。
 
百歩譲って産経の言うとおりに「所管する首相が任命権を行使するのは当然」だったとしても、それは「説明なき任命拒否」を正当化する理由にはなり得ない。仮に学術会議側が再び首相の意図にそぐわぬ候補を選出したら、首相も再び理由を言わずに任命を拒否して良いのか。次も、その次も、それを繰り返して良いのか。説明なきままに、どうやってその意図を汲めと言うのか。
 
任命権は「選り好み」の権利ではない。遂行は議論による透明性の裏付けが必要だ。それが議会制民主主義なのである。意図を明かさぬまま忖度を要求する態度は独裁権力者のそれであり、民主主義的コントロールの大義など微塵も感じられない。産経の主張は勘違いも甚だしく、そもそも民主主義という概念の理解すらおぼろげである。首相が「選挙で選ばれた」というのはシステム上の因果に過ぎず、「だから何をやってもいい訳ではない」「その振る舞いには説明が必要」である。それが政治の説明責任であり、それこそが民主主義の本質なのだ。あきれるほどに無知で愚かな紙クズは、そんなことも知らぬまま大量に印刷して配られているのか。
 
6人の任命にこだわるべきではない。学術会議は、日本を繰り返し緊急事態宣言に追い込んだ新型コロナの問題を討議し、抜本的対策を提言していけばどうか。
 
「こだわるべきでない」と書く以上、産経はその理由を明確に記述し、同時に首相が拒否理由を「明かさなくても良い」ことの根拠を合理的に述べなければならないのだが、実際そのどちらも果たせてない。それどころか、誤魔化すためにわざわざコロナを持ち出し、あたかも学術会議がそうした重要問題に対して未だ充分に寄与していないような印象を読者に植えつけようとしている。全くもって姑息としか言いようがない。
 
学術会議が抱える根本問題は、国民を守る自衛隊の抑止力の向上を妨げてきたことだ。平成29年の声明で、軍事科学研究を「絶対に行わない」とした過去の声明の継承を宣言した。これにより、防衛省予算で軍民両用技術研究を助成する「安全保障技術研究推進制度」への大学、研究機関の応募が激減した。研究者の学問・研究の自由を脅かすものでもある。その異常性を自覚すべきだ。
 
当ブログは過去に何度も、この任命拒否問題における産経の態度を批判してきた。説明しない政府にこそ非があると繰り返し指摘してきた。しかし、実のところ産経にとっては任命拒否の理由などどうでも良く、この機に乗じて学術会議の「軍事忌避体質」を改めさせることしか考えてないのだ。「説明なき任命拒否」という問題は確実に存在するのに、一貫して「それにこだわるな」という論調で強引に学術会議に非を着せようとしている。事実に基づく問題意識をねじ伏せてまで主張を通そうとする態度はおよそ報道機関の矜持に値するものではない。自らが孕むその異常性に臆面も無く、他者に異常性を自覚するよう諭すなど1万年早いというものだ。
 
重ねて言うが、軍事忌避体質を問題として議論することそのものに異論は無い。継続して主張したらいい。
 
だが、そうであればなおさら首相に対しては、「任命拒否の理由を自ら明らかにした上で、軍事忌避体質を改めるよう学術会議に注文を付けよ」と提言するのが筋ではないのか。何故、はっきりとモノを言わない政府を支持し、理由の隠蔽と誤魔化しに加担し、忖度要求を助長させようとするのか。情報を統制し、言うべきことを言わず、忖度によって人心をコントロールしようとする前および現政権のやり方はいかにも悪政であり、民主主義の理念を踏み外している。産経はその政府と同じ振る舞いによって合理性を捨て去り、自ら紙クズになることを選んでいる。
 
自民党は3つの補選・再選挙で全敗した。産経はその敗因を「政治とカネ」「新型コロナ対策」に着せて見せたが、実際全ての問題に共通する与党・現政権の汚点は「説明不足」そして「無反省」だ。吉川、河井と汚職の展開を見ながらも1億5千万の問題はひた隠し、「他山の石」などと言ってシラを切る。コロナ対策では数々の不手際も自らの非とは認めず、今にも頭上にもたげられた波すら否定して見せる。もちろんこれらは今に始まったことではなく、モリ・カケ・サクラ・検察庁長官問題から安定して続く、嘘・隠蔽・言い訳の問題体質である。
 
学術会議会員任命拒否問題も、れっきとしてそこに含まれるのだ。
 
有権者は与党・現政権の根本的な体質に疑問を抱いており、今回の3選全敗はその機運の現れである。産経はそこを指摘することなく、政治とカネ、コロナ対策のみに視線を集めて「それさえ改善されれば」的な言い分に終始し、結果として与党・現政権の後押しとなるようやっきになっている。産経はどこからどう見ても自民党・右派政権の応援団的組織であり、その主張は恣意的であり、指摘は真実性に乏しく合理性を欠く。そして、自ら応援するその組織と同様に無反省で体質の改善を図ろうとしない。その結果、声高に民主主義を叫びつつ実は民族主義者であるような者を匿い育てることになっているのだ。
 
支離滅裂。
 
それこそが産経という紙クズにふさわしい評価だ。俺はいよいよ産経新聞を見放した。そして、どうかこの恥ずかしい報道機関が早々に解体されることを願ってやまない。俺はこの紙クズが今後どんなに恥ずかしい主張を繰り返そうとも、二度と反応することは無いだろう。もはや論評に値しないほどの紙クズだからである。
 
反省なき組織に未来は無い。