幌筵提督のクトゥルフ語り

幌筵提督のクトゥルフ語り

クトゥルフTRPGリプレイ改編小説置き場。

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同日。午後七時すぎ。
御影は警察署で取り調べを受けていた。
「…で、もっかい聞くけど、仕事は?」
「………その質問には答えられません」
後藤が聞くと、目を閉じたまま、静かに御影が答える。
彼の答えはほとんどこれだった。
「チッ…埒があかねぇな」
「お疲れ、裕二。交代だ」
後藤と交代で入ってきたのはなつこと敦盛だった。
「おう高井か…じゃあ俺ァ飯でも食ってくるわ。お前らもなんか頼んで食っとけ」
「じゃあ『嗚呼噛』の特上寿司で」
「んなもん食えるかボケ」
なつこがさらりと言って、後藤が即座にツッコんだ。
「………それを持ってきてもらえるか?」
「あ゛?」
今度は御影の言葉になつこがツッコミをいれた。
「『嗚呼噛』の特上寿司を持ってきてもらえるか?」
真面目な顔で、御影は言った。
「はっ、こりゃァいい。こいつは自分の立場が分かってないらしいぞ」
手を上げてやれやれとポーズをとる。
「………聞こえてないのか?」
敦盛には、なつこの血管がちぎれる音がはっきりと聞こえた。
机に思い切り脚を乗せる。
激しい音が空気を震わせた。
「調子乗ってんじゃねェぞ…こっちは事件の捜査をしてンだよ…電話の取次嬢をファックしたいならサッサと質問に答えてソープの予約でもとりやがれ」
物凄い剣幕でまくしたてるなつこにも、御影は動じない。
それどころか、敦盛の方を向いて、
「…この警察署は犬に首輪をつけ忘れてるけど、放し飼いでもしてるのか?」
と、自分の首を指さして言った。
なつこが勢い良く御影の胸倉を掴む。
「いい加減にしろよ………そろそろ沸騰しそうだ」
「失礼。犬じゃなくてヤカンだったか。………頭に入ってるのは水だけか?」
なつこが無言で腕を振り上げた。
しかし、その腕が下ろされることはなかった。
「………おい敦盛、手ェどけろ」
「また殴って給料下げる気ですか?今度は減給じゃ済まないかもしれないんスよ?」
「………………チッ」
なつこは椅子を蹴って扉に向かう。
「先輩!」
「…後はお前が適当にやっとけ。涼んでくる」
乱暴に扉を閉めて、なつこが外に出ていく。
「…はぁ」
「…いつもあんな感じか?」
「元はといえば!あなたが挑発するのがいけないんですよ!?」
「沸点の低いのとは合わなくてね。その点君なら建設的な話が出来そうだ。名前は?」
「…丹下敦盛ですが」
御影はその名前にピクリと反応した。
「………失礼だがご兄弟は?」
「………………」
「…数年前、世界中の犯罪者を震撼させた一人の国際課所属の刑事がいたんだが」
「…それが何か?」
静かな取調室に、御影の声が染みる。
「彼は只ならない捜査能力と推理力を持ち合わせていたらしい。俺は直接の面識はないが、あの『極東侵略』の際はオペレーターとして参加していたらしい」
「…何が言いたいんです?」
「俺は彼のことを『極東侵略』の時にデータとして見ているからわかるんだが」
彼はそこで言葉を区切る。
「………」
「丹下敦盛」
彼は目の前の男の名前を呼ぶ。
「そのデータの名前も『丹下敦盛』だったんだよ」

御影には、敦盛が息を呑んだ、様な気がした。
「…よくある話ですよ。そんなの。深読みのしすぎです。大体、この世の中に『丹下敦盛』なんて、何人いると思いますか?」
「…だろうな。俺も深読みだと思うよ」
でも、と御影は続ける。
「その『丹下敦盛』は、去年死んでるんだ」
「………しつこいっスよ」
「…そうだな。深読みだろう」
敦盛の目に宿る光は剣呑としたものだったが、渋々と形式的な質問をし始めた。
御影はその全てに嘘をつかなかった。


「チッ、ほんっとなんなんだアイツは!」
一人で署の白い廊下をカツカツと苛立ちを隠そうともせず、なつこは歩いていた。
「あのぅ…」
「大体、敦盛も敦盛だ。あそこは一発かまさないとああいう奴はわからねぇんだよ。あぁイライラする」
ブツブツとぼやくなつこは、後ろから付いてくる人影に気づいていない。
なつこが向かったのは喫煙室だった。
何を思ったか、なつこは突然、喫煙室前の自動販売機をヒールの爪先で蹴りあげた。
「ひっ…」
ドンと大きな音がして、取り出し口にコーラが落ちてくる。
「チッ、コーラかよ」
「あ、あの!」
「ん?」
そこでなつこは初めて自分の後ろにいた人影に気づく。
なつこの肩より少し低いくらい、女性としては平均に僅かに満たない程度の身長の、大人しそうな女性警官が居た。
「…どちら様ですか?」
「あ、あのっ!自動販売機を蹴ってタダで商品を盗るのは、自動販売機も傷つきますし、その、ダメ、かと…」
最初の一声こそ大きな声だったものの、彼女の声はどんどん尻すぼみしていった。
「管理がずさんなのが悪いんだよ。アラームも壊れてるみたいだし、こんなの置いとく方がダメなんじゃないの?…で、どちら様ですか?」
再度同じ質問をするなつこ。
「あぅ…わ、私は、捜査一課加賀美班所属の成宮鈴です。高井警部補に、加賀美班長から伝言があります」
「加賀美…?あぁ、署長のジジイか」
「班長のことを悪く言うのはやめて下さい!」
成宮の急な強い口調に、なつこは一瞬たじろいだが、今度は成宮が萎縮する番だった。
「ひっ…」
なつこの冷たい眼光が成宮を突き刺す。
「悪いけど、見ての通り私は今イライラしてる。用事があるならさっさとして」
「え、えと、『暇な時に署長室に』とのことです」
「あぁ?そのくらいなら放送しろよあのジジイ…」
成宮はむっとした表情を浮かべるが、口を開くことはなかった。
「ったく…で、私は署長室に行けばいいんだな?」
「はい」
「あぁイライラする…」
なつこは頭を掻きながら、署長室の方に向かった。
「…あ。コーラ…」
成宮が自動販売機を見ると、そこにはコーラが入ったままになっていた。
「………(´・ω・`)」
成宮は釣り取り口にお金を入れて、そっとコーラを取りだした。


同日。同時刻。
プロール探偵事務所では、プロールが晩酌をしていた。
静かに流れるクラシックをバックに、調べたデータに目を通す。
「村下冬樹が死亡、か」
今日の夕刊で大きく報じられたその見出しを声に出す。
報道メディア各界でも速報で取り上げられたため、信憑性は高いだろう。
これで依頼は終わったことになるが、プロールにはイマイチ釈然としない点があった。
直ぐ側で死んでいた狼の様な生物や、現場で警察を薙ぎ倒した大太刀の美女。
そして、その美女を殴り飛ばした男など、野次馬のコメントに、今回の事件とは関係の無さそうな不可解な点も多い。
「喜多川さんも来ないし、この事件は何かありそう、かな?」
ヴィンテージのワインで喉を潤して、彼は独り呟く。
明日少し詳しく調べてみようと思って、彼は一枚の名刺を取り出した。
無骨なフォントで打ち出されたそれを机に置いて、彼は寝室へ向かった。


8月16日。午前7時。
訊問が終わって、取り敢えず留置所に連れていかれた御影は、硬い床で目を覚ました。
首をひねって小気味よい音を立て、彼は完全に覚醒した。
元々寝起きはいい方だ。
それが軍で訓練したおかげで、こうして直ぐに覚醒できるようになった。
そして彼の敏感な五感は、こちらに向かってくる気配を感じ取っていた。
「気分はどうだい、御影勇闘くん」
そこに立っていたのは初老の男性だった。
手を後ろに回してはいるが、その立ち方には隙がない。
「…アンタは?」
「私はここの署長であり、捜査一課で班長もしている加賀美だ」
「加賀美…もしかして、『鬼の加賀美』…」
「ふむ…その名前を知っているということは、君も『極東侵略』に参加したクチかな?」
「ええ、自分はその時は米軍所属でしたけど、それでも『鬼の加賀美』の雷名は響いてきましたよ」
日本で『極東侵略』に参加したのは自衛隊と少数の警察官、そして沖縄に駐屯していた米軍だった。
『極東侵略』を行った無国籍軍の正体は朝・韓・中・露の極秘同盟組織だと言われているが、4国は今でもそれを否定しており、無関係を主張している。
そう噂される程の規模と軍備の無国籍軍と日本とでは、明らかに戦力的にも、そして、侵略が突発的だった分精神的にも大きな差があった。
しかし、その差を覆して被害を最小限に留めたのは、『鬼の加賀美』こと加賀美陸の活躍があったからというのが大きい。
戦力として期待されていなかった日本警察を指揮し、自らも戦乱の中に身を投じる姿はまさに一騎当千だった。
「それで、何の御用ですか?」
そんな人物にも、御影は物怖じすることなく言葉を投げる。
「君に、ひとつ提案がある」
そんな彼の、見ようによっては不遜とも取れる言動を、加賀美は全く気にせず話を続ける。
「提案、ですか」
「そう。単刀直入に言えば、今回の変死体事件に協力して欲しい。そうすれば、君を直ぐにここから出そう」
「………もしノーと言えば?」
「法の許す限り君をここに入れておくよ」
御影は大きなため息をひとつ吐いた。
「ええ。構いませんよ。俺もこの事件が気になってきましたし」
「そう言ってもらえると思っていたよ」
加賀美は牢を開け、御影に彼の拳銃や持ち物を返した。
「それで、俺はどんなのと一緒に捜査するんですか?まさか一人ってことはないでしょう?」
「彼女とだよ」
加賀美は扉の向こうを指さした。
そこにいた彼女を、御影は見上げる。
「親っさん、もしかして、こいつと一緒に捜査しろってんじゃないだろうな?」


有り得ない。
いくらなんでもこれはひどい。
なつこは心の底からそう思った。
あの時…呼び出しをくらった時、どれだけ自分の心証が悪いかは伝えたはずだ。
なのに、それでも一緒に捜査しろというのはただの嫌がらせだ。
もやもやした気持ちの悪さを胸に抱えたまま、なつこは加賀美の返答を待った。
「もちろん君の思っている通りだよ、高井君」
「絶ッ対に嫌だからな!こいつと捜査するくらいならあのドンくさそうな女を連れていく方が百倍はマシだ!」
なつこの声が部屋を震わせた。
さっきまでうっすらと聞こえていた扉の外の雑音が消え、真夏の重たい空気がシャツに汗を浮かばせた。
「君は誤解しているようだから言うけどね」
冷たい声が掛かる。
サッと汗がひいて、今度は体が氷になった様に冷たい。
「成宮君はドンくさい女性ではないし、御影君は君より遥かに優秀だよ。いくら署内での逮捕数が一番だからといっても、FBIやCIAから声が掛かる人間とは比べようもないだろう?」
今度は御影が固まる番だった。
確かに昨日は敦盛の質問に全て答えたが、アメリカでのスカウトの話には一切触れていない。
自分の事がかなり調べられていると感じると同時に、それを敢えてちらつかせることで自分の動きを牽制しているのだと気づく。
「でもッ…」
「現場に私情を挟むな。これは命令だ。彼と共に事件を解決しろ」
厳しい口調で言い放ち、加賀美は部屋を後にした。