お盆の時期に思うあっけらかんとした平成の頃の話
学生の頃、季節ごとの長い休みに入る前になると実家に帰省するのを嬉しそうに話す友人がとても羨ましかったことを覚えています。だから数年後都内で賃貸暮らしをしていた彼(夫)の実家が新幹線と在来線を乗り継いで6時間くらいの距離にあることに実はある意味ウキウキしていました。当時は「盆と正月くらいは実家に顔を見せに帰る」んだろうなってことは実家から離れて暮らす友人たちを見ていたからすんなり受け入れられたし、とにかくみんな嬉しそうだったから「帰省する」っていう言葉自体にはとてもポジティブなイメージでした。結婚してからの実家というのは当然夫婦両方の実家のつもりだけど、わたしたちの場合、暮らしていたのは圧倒的にわたしの実家寄りだったのでいわゆる帰省先は夫の実家。移動手段は車。高速道路の帰省渋滞もなんのその早朝出発したり日付をずらしたり、途中のサービスエリアをほぼ制覇し寄り道しながらのんびりと夜に近い夕方に到着。ご無沙汰してましたのご挨拶のあとはみんなでわいわい揃えてもらった夕飯をいただきました。こんな書き方をしているようにとにかく「夫の実家に帰省する」ということにストレスは全く感じてなかった。それはいろんな要素があるわけで遠くから年に1、2回来る文化圏の違う嫁のわたしなどはなからお客様扱いだったし、夫は姉と兄から歳の離れた末っ子だったし、帰省先は有名な観光地も近く。近所の川や公園やプール、海岸など帰省するたびにどこに行くか計画してもらえるからそれに乗っかってればいいわけで、おかげで安く上がるし帰省旅行は親戚交えてのウキウキ旅行。でも思い返すにやっぱり「帰ってやってる」っていう気持ちはどこかにあったからえわ迎えてもらって当然...みたいな?自宅に戻る時には夫のお母さんにお金を渡してたけど、お世話になりましたっていう労いじゃなくて息子から「お母さんへのお小遣い」っていうなんだか上から目線だったかな。今ならSNSで問題になってそう〜増えた家族を実家で迎えるってことを立場が逆になった今、考えるに家が狭いから...という物理的なこともだけど、体力的と精神的にもわたしにはできないっす。先日の花火大会がいっぱいいっぱいかな。それぞれのヘルプ要因としてなら動けるけど。全員のヘルプなんてそれも一度になんて降参です。今の同年代の人たちに比べたらほんとに無知で未熟なわたしを夫の両親や姉家族、兄家族は当然のように迎えてくれてたな〜。今思い出してもありがたい。この話に全くオチはないんだけど、当時は「実家に帰省する夫に同行する妻」的なSNSで見かけるようなネガティブな情報はそれほど巷に溢れていなくて(あるにはあった)もちろんそんなことを深く考えたこともなかったわけでそれはうちはうち、よそはよそという家族それぞれの形があると思ってたしましてやこれは良くないからこうした方がいいなんていう考え方など存在しなかった。何かに惑わされることなくいい意味であっけらかんと暮らしていたな〜今思い返すと、今よりずっと長閑でいい時代だったんだな〜と思うのであります。