フォン・ノイマンの哲学 人間の顔をした悪魔

講談社現代新書 2021年2月

高橋昌一郎

 

ほんの数か月前に出た本です。

フォン・ノイマンは今ブームなのでしょうか。他にも

『フォン・ノイマンの生涯』(ちくま学芸文庫、2021年4月)

『双書19 大数学者の数学 フォン・ノイマン(1)知の巨人と数理の黎明』(現代数学社、2021年4月)

があり、2021年の2ヶ月の間に、3冊も出版されています。

 

副題にある「人間の顔をした悪魔」は、フォン・ノイマンを非難する言葉にように聞こえますが、

本書でフォン・ノイマンが直接非難されることはありません。

フォン・ノイマンが、

戦争を終わらせるために、原子爆弾を開発して京都に投下すべきだと主張したこと、

ソ連に先制攻撃して「石器時代に戻す」べきだと主張したことが紹介されますが、

(このような主張をするに至った背景がテーマの一つになっていますが、)

フォン・ノイマンの人となりを垣間見せるようなエピソードを並べていくだけで、

良いとか悪いとかいったことは直接には書かれません。

フォン・ノイマンに対して、中立的というか、客観性を維持しようとしているようです。

 

フォン・ノイマンの最期は、寂しく書かれています。

がんになり、50代で亡くなります。

核実験のとき浴びた放射線が原因だと書いてありますが、

働き過ぎだったことも要因ではないかと思います。

学問的にも政治的にも引っ張りだこで、家にもあまり帰っていなかったようです。

2人目の奥さんは彼の死後、フォン・ノイマン全集の出版という役割を果し、しばらくして海で亡くなります。

家に帰らず、政府の要人に囲まれて死んだ彼に対してどんな思いだったのでしょう。

1人目の奥さんと違い、検索しても写真は出てきません。

 

数学の話題では、

フォン・ノイマン、ヒルベルト、ゲーデルの3人の関係が面白いと思いました。

ヒルベルトの野望を打ち砕くゲーデルという構図は何度も見たことがありますが、

ヒルベルトがフォン・ノイマンの師匠だったというのは、この本で初めて知りました。

ゲーデルを敵と思ってもおかしくないのに、彼に対してフォン・ノイマンは

亡命を手伝ったり、大学の職に推薦したり、ずっと親切だったそうです。

自分より賢い人間は、貴重な存在だったのか、守ってやならいといけないと思ったのか。

ゲーデルは、奥さんが入院した際、他人の作ったものが食べられなくて亡くなりますが、

フォン・ノイマンが生きしていたら、きっと助けに行っていたでしょう。

不完全性定理の後、アメリカに移ったフォン・ノイマンは量子力学に数学的基礎を与えます。

そこでは、「公理」が設定され、「ヒルベルト空間」が使われるそうですが、

まさにヒルベルト的で、よくできた話だなと思います。

 

この間、ネットのニュースで、原子爆弾の原寸大模型のニュースを見ました。

保管していた施設が閉館するとかで、大小2つの模型の今後が心配されました。

小さい方は東京の人が引き取ることになったのですが、

大きい方はまだ引き取り手が決まっていないそうです。

戦争に直面しすると、一般人でも科学者でも、戦争に対して自分の立場を持たざるをえなくなると思います。

本書では、フォン・ノイマンだけでなく、当時の科学者たちが戦争に直面し、

戦争に協力したり、反対したり、考えを変えたりする姿が描かれます。

戦争と科学について、いろいろな立場をこの本から知ることができました。

1.相加平均と相乗平均の大小関係

  のとき

 が成り立つ。

等号成立は  のときである。

 

【証明】

 

2.調和平均の定義と「新しい平均」の作り方

  のとき

 を、a,bの調和平均という。

 

これは、逆数の平均の逆数である。

①逆数をとる→②平均をとる→③逆数をとる

 

単に「逆数の平均」では、aとbの平均とはいいがたい。

しかし、「2回逆数をとれば、(ある意味)もとに戻るだろ」

という発想を持てば、この平均を作ることができる。

もちろん、普通の平均(相加平均)と値は異なる。

 

数学者の間では、

①ある操作→②平均をとる→③ある操作の「逆」の操作

というプロセスでいろいろな「新しい平均」を作ることが

研究されてきた(らしい)。

 

実は、相乗平均も

①対数(log)をとる→②平均をとる→③対数をはずす

というプロセスで作られた平均だと考えることができる。

 

3.相乗平均と調和平均の大小関係

  のとき

 が成り立つ。

等号成立は  のときである。

 

【証明】

 に対して、

相加平均と相乗平均の大小関係を適用すると

両辺正であるから、逆数をとると大小は反対になって

等号成立は

 すなわち  のときである。

パーセル前後のイングランドの人々

 

Anthony Holborne 1545?-1602

William Shakespeare 1564-1616

Isaac Newton 1642-1727

Henry Purcell 1659-1695★

Abraham de Moivre 1667-1754

George Frideric Handel 1685-1759

 

パーセルは、ヘンデルが10才のときまで生きていたことになります。

実際に音楽を聴いた感じもそんな印象ですね。

同じバロックと言っても、ヘンデルと比べるとパーセルは原始的に聞こえます。

活躍した国が違っても、同時代のリュリ(1632-1687)の方が、近いものを感じます。

国の間で互いに交流し、影響し合っていたのでしょう。規模が違えど、今も昔もグローバルです。

また、音楽家ではありませんが、ニュートン、ド・モアブルがパーセルと同時代です。

「微分・積分」ってそんなに古いのか。

ニュートンってオペラとか見たのかな??

 

パーセルのちょっと前というと誰でしょう。

また音楽家ではありませんが、有名なシェークスピアは100年前です。

音楽家でいうと、ホルボーンやバード(1543-1623)は、さらに昔の人です。

パーセル以前に、今日まで名を遺したイングランドの音楽家はいない

とすれば、パーセルは、「100年に一度の天才」というわけです。