池澤夏樹の海軍の大叔父小説 | 歴史ニュース総合案内

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 作家の池澤夏樹が海軍に務めた大叔父の生涯を基にして新作『また会う日まで』を3月7日に刊行した。主役の秋吉利雄(1892年生)は海軍で日食を観測したり、水路部で海図を作成したりした。

 朝日新聞朝刊に2020年8月から2022年1月まで連載。キリスト者で海軍兵学校、海軍大学校に学び、東京帝大で天文学を専攻し、大戦期には海軍の水路部(現・海上保安庁)に奉職。南洋諸島トラック諸島近くのローソップ島で1934年に皆既日食を観測して報道陣に騒がれた。敗戦後の著作に『航海天文学の研究』(絶版)がある。池澤は執筆にあたり、共著も出したヘブライ学者の秋吉輝雄が2011年に亡くなった時に送られてきた段ボール2箱分の利雄(輝雄は3男)の資料を読み込み、詳細な年表をつくった。

 

 大河的な叙述の小説では、氏の味わっていた社会と共にその思考を活写。海軍が舞台でも、敗戦へと突き進む海軍の様子を後世の女性歴史学者Kや故H探偵のような目線で纏める架空の同期生を混ぜ、現・東京女子大出のヨ子夫人や女子労働者の話を挿入したりして、連載元の好みと軍事系文学を傍流にする池澤の文学観に合わせた。記録になくとも、昭和天皇と対面した記憶が秋吉家に伝わっている。

 

 北海道育ちの家族史を『静かな大地』で小説化してきた池澤夏樹にとっては、新しい題材。父親の福永武彦以外にも、著作を出版した名士がいた。作中では自分が生まれた時の場面まで小説化している。