広島大仏を奈良から里帰り | 歴史ニュース総合案内

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 広島市で原爆犠牲者を慰霊していた広島大仏を7月1日から奈良県から里帰りする計画が進んでいる。1960年前後に行方不明になり、2011年になって奈良県安堵町の極楽寺にあると判明した大仏だ。

 マツダの松田哲也CEOら企業経営者らは4月7日、大仏を一時帰郷させるべく実行委員会を発足させた。「広島大仏出開帳里帰りプロジェクト」として1201万円を目標にクラウドファンディングしている。構想では2016年にマツダが建てた13階建てのおりづるタワーで7月1日から9月1日まで公開し、8月6日には大仏前での平和法要を執り行う。その後、大仏は極楽寺に戻される予定。

 

 広島大仏とは金箔で飾られた木製の阿弥陀如来坐像で、高さは約4m。鎌倉時代に出羽国の新庄の福昌寺でつくられたのが原型だが、1925年に三段峡に飾るべく、財界人が購入して戸河内町の西善寺に安置された。その後、三段峡の樽床で戦時まで過ごし、唯信寺を経て広島市の西蓮寺(浄土宗)が慰霊のために1950年に安置した。広島大仏の愛称がついたのはその頃である。

 慰霊の象徴として市民に親しまれていたが、大仏の所有権を巡り対立が発生。唯信寺の那須義憲が1955年8月11日に大仏を西蓮寺から持ち出して五日市町の光禅寺に運び去り、大仏そのものもやがて所在不明となった。資料調査で極楽寺が古物商を介して広島大仏を入手していたのが分かったということは、一度は売りに出されていたということだ。

 

 西蓮寺は原爆ドームの東側にある鉄筋コンクリートの寺院。心誉崇源が1605年に開山し、1945年8月6日には県物産陳列館の南側に位置していたが、平和公園の整備で移転して現在は東側にある。良い場所でもそれほど特筆される寺院ではないようだ。