ずっと思い悩んでいることは、今日明日どうにかなる問題じゃないから、考えるだけ無駄だなって、ようやく気づいた…

悲しみが訪れる瞬間は毎日といっていいほどやってくるけど、それはそれ。

「かなしい」「つらい」「妬ましい」と思うことは仕方がない。でも、すぐに気持ちを切り替えるべきだ。

悲しみを嘆き続けるのはやめにしたい。

「もう、子どもを授かれないかも」
「子どもができてもまた流産するかも」
「子どもができたって、流産の不安に苛まれるから嫌だ」
「子どもが生まれても、私なんかに育てられない」

全て、思い悩んでる時間が勿体無かった。

今できることを見つめて、すべきことを目指して、そのために考えよう。その時間は無駄じゃない。

悩む時間は無駄。考える時間は無駄じゃない。

前の会社の上司に言われたその言葉が、ようやく腑に落ちた。ありがとうございます。

「明日以外すべて燃やせ」聴いてて目が覚めたのかな。笑

さて、切り替えていこう。

すべてに意味がある。

折に触れて思い浮かぶフレーズ。

意味があってもなくても、意味があると思わないとやりきれない今の状況。

この悲しみを背負うことになったことにも、意味があると思わなければならない。

何か意味を見出さなくては。

何?

まだ見出せない。

仕事で結果が出た。それなの?関係ない。どちらにせよ、わたし、時間がかかっても結果を出したはずだ。






意味なんてないのか。

ただの自然淘汰か。

わたしがこの先も悲しみを抱えていくことに、意味なんてないのか。

報われないね。





妊娠なんか、したくなかった。

とうとう、そう思うようになってしまった。

無かったことにできたらどんなにいいか。
Highly sensitive personでした。

繊細で敏感なのは生まれ持った気質。

それを聞いて安心したと同時に、なかなか変えられないことなのだな、と思いがっくり。

ここ数日のストレスが、一気に肌荒れにつながって、とてもつらい。

誰かが、問題を抱えている。
それを感じ取る。
何かしてあげられないかな?
でも、わたしには何もできない。申し訳ない。

こんな風に負う必要もない責任を感じては、積み重なる。

自分自身の苦しみも、悲しみも、いっこうに消えず、毎日居座って、胸に突き刺さる。

つらいよ。終わりがないよ。
どうにかしたいのに、どうにもできない悲しみが、毎日側にいて、決して離れない。



夫という太陽が居てくれるから、なんとかもってる。
おそらく自分に向いてて、かつ、培ってきたことがいかせる仕事があるからなんとか通勤する。
仕事も、気づきと丁寧さをいかせるからこそ、少しずつ認めてもらえているんだ。
もっと信頼されるようになるんだ。

頑張れ、頑張れ、大丈夫、大丈夫、大丈夫。
私の流産経験後あるある。

インスタでフォローしてる人が妊娠/出産したら、フォロー解除。

SNSにあがってくる広告が、少しでも妊娠/出産を連想させる場合、表示させなくする。

芸能人の妊娠、出産ニュースに、「うるせえな」と思う。同時に、「また天才がいたよ」と思う。

妊婦/赤ちゃん連れの女性を見つけたら、とことん避け、視界に入らないようにする。

生理が遅れるとやきもき。

でも、生理がくるとなぜかホッとする。

もう自分は妊娠も出産もできないと、根拠もなくマイナス思考に陥る。(これがすべての根源)

反射的に、妊娠/出産関連の事項に苦しむようになってしまったのは、呪い。

さて、呪いを解くにはどうしたらいいのか?

どこかに書籍売ってませんか?

なぜ、世間では孫を見せろと急かす親がいるのか?

私のように出産適齢期の女性が、周りの出産ラッシュに焦って、そんなにかわいいなら私も子どもが欲しい!やっぱり早いうちに子ども産まなきゃ!周りと足並み揃えなきゃ!

…というジレンマが、少なからず親世代にもあると踏む。

「あなたのうちのトマトちゃんは、子どもまだなの?」

なんの遠慮もなく繰り広げられていそうな会話…安易に想像できる…笑

親世代も、自分のことのように焦って足並みを揃えたくなるのでしょう。かわいい孫を愛でることができる夫婦を見て、羨ましいなと思うでしょう。孫がいれば、周りと話を合わせられるでしょう。単調な生活に刺激が加わるでしょう。

まるっきり、子どもを産む世代と考えることが同じではないか。

いや、あくまでも私の分析にすぎないけど。
そんなジレンマない人もいると思うけど。

子どもを欲しがるのって、結局は「本能」で片付けられるんだからこんなこと考えても仕方ないのにね。

だけど、自分なりの答えを見つけ出すことができれば、すすむべき道が見える気がするのだ。
考えすぎとはわかっちゃいる。