ACアドレスホッパー蘭姉

ACアドレスホッパー蘭姉

今までの挫折や精神疾患から、自分がACであることにやっと気づく。
やりたいことがわからないので、アドレスホッピングをして休養中。
気付きや気持ちを書いていきまーす!

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ひさしぶりに、悪夢を見ました。

こんなことはなかなかありません。


先日海外から取り寄せた睡眠用のサプリ、いつも使っているものが売り切れだったのでランキング1位の強いものを試してみました。


これで寝つきが良くなるかと期待していましたが、その成分の副作用の悪夢にうなされてしまいました。

今まではこんなことなかったんだけどなぁ


覚えてるところをつらつら書いてみます。


夢の中で、布団の端に大きなバッタか、カマキリの死骸がついていた夢を見てそのまま中途覚醒、不安になって確認しましたが、ただの夢だと安心してもう一度眠りにつきました。


現実でわたしは過去の知り合い身内もろもろと連絡を断っているのですが、夢では地震に備えて一時的に連絡を再開していたようでした。

新着メールに

今まで待っていたけど伝えます

という題名のメールが届いています。

私からの働きかけを待っていたのに、お前は何もしてこない、という私への憎しみの連絡でした。

その中にあったある人からのメッセージが、お前を殺して一緒に死んでやる、という感じ。身の毛がよだちます。


誰もいない部屋にいたわたしは、扉の鍵を閉めていましたが、誰かが扉を蹴破って入ってきました、それはそれはすごい形相の憎しみに狂った人でした。

その後わたしは逃げて、地元のよく知る道で知らない人たちとバンに乗り合わせます。最近助けた野良猫に会いに向かっていたようです。


その後わたしは、途中でメイドカフェのようなところに立ち寄りました。

その中の霊感のある独特の雰囲気の女の子が、わたしの背後を凝視しています。

私のオーラが黒くなっている、死ぬ予兆でもあるんだろうと思って、その子を指名しました。


私が席を外すと、その女の子がお店の方と一緒に私の元に走ってきます。わたしはその子とトイレに入って、鍵を閉めました。

扉越しに狂った人の喚き声が聞こえます。


トイレの中でその女の子は私に言いました。

あなたはこのままだと明日死ぬから、この窓から逃げなさい。


、、、


最近東日本大震災の動画を見たり、南海トラフの動画を見たりしてて、少し気が滅入っていたようです。

今の私はまだまだ不安定、無理をしてはいけないようです。

ごめんね変な心配ばっかりして


わたしたちの未来が、輝いていますように。



こんばんは、蘭です。


わたしの参考にしてる方が、不安のメカニズムについてお話ししてたので、それを踏まえて対人関係の考察をしてみます。


わたしは、お金に対する恐怖は克服に成功しました。

昔はマックの100円コーヒーでさえもったいなくて買えなかったし、そもそもペットボトルとかコンビニで買えませんでした。

今は昔より稼ぎも少ないし自分のためにお金も使っているのに安心感があります。


これは、わたしがお金を使うことに対する恐怖で行動をすることをやめたから

怖いけど欲しいものを買って行きたい場所に行った

怖いけど疲れた時に休んだから

怖いけど誘われた仕事をやったり

悩んだけど野良猫にお金を出したり


この行動を通してお金と付き合うときのマインドセットを変えることに成功したから


というとで、次は対人恐怖に当てはまると

人のヒステリーが怖いとか、嫉妬、妬み、恨み、いじめ、そういうのが怖い

結局、親の拒絶が怖かったということですので、

もう、拒絶を覚悟で自分の好きなようにしていくしかない、していくしかない


抽象的ですね


周りに人がいてもやりたいことをする

喧嘩になっても言いたいことを言う

嫉妬されても仲良くしたい人と仲良くする

仲良くしたくない人とは距離を取る


つまり、人によく思われるためだけの行動をやめて、自分を知ってもらう努力をする


楽しいことを、自分にたくさんやらせてやる

遠慮して躊躇したりしないで

言いたいこと言ってやりたいことやって好きなように過ごすこと


これが難しいんだぞ

まずは、鼻唄歌いながら仕事することから始めよう


わたしたちの未来が、輝いていますように。




さあ、人の親切が怖いです。

どうしましょう、人の親切が怖い。


怖いというか、親切に甘えていたらある日突然、お前は何も返さないのか、みたいな、そんな人だとは思わなかったみたいな、なんかそういうどんでん返しが起こるように感じて怖い


人が夕飯を振る舞ってくれるなら、わたしはもしかして何か返さなきゃ行けないのかなぁみたいな、

持っていくべきなのかなぁみたいな、

夕飯作ってくれたり、何かあげるよーっていってくれても、じゃあ材料は自分で買った方がいいのか、とか


どこまでどっぷり甘えて良くて、どこまで返す必要があるのかなぁって、怖い


わからないもん、わたしはどうしたい?

わたしは、夕飯作ってもらうなら材料くらい買うよ

そもそもそれなら自分で作ってもいいし


お呼ばれするなら甘えていいんじゃない?逆に食事をあてにしなければいい


そもそも、わたし自身結構お金を異常に気にしてきて、いくらのものをもらったからいくらで返す、みたいなそういう考え方をしてきたので、いざ人に何かされるとそれが善意であっても、何か返さないと後で責められるような感覚になる。


わたしもきっとたくさん人を責めてきた


わたしたちの未来が、輝いていますように。




こんばんは、蘭です。


わたしは、新しい職場で優しい人が多いと感じましたが、苦手だなぁと感じた人、ゾクっとした人がやはり数名いました。


わたしはなぜこの人に対してゾクゾクしたのだろうか

というと、この人たちが、自分のことしか考えていなくて周りの人に関心がない、母親に似てるから


そんなこと何度も言ってるけど、やっぱりそういうことです

子供の頃の怖かった気持ちが再び襲ってくる


もっというと、自分のことしか見えていない大きい子供と、そんな母親にいじめられた子供の自分が喧嘩してしまう


子供の自分が、あの頃の母親を細胞単位で思い出してまだ何もされてない相手を怖がってしまうし、結局母親とのトラブルをまたやってしまう


相手を母親にしてしまう


仕方ないよなぁ、、?いや、された方はたまったもんじゃないか


結局は子供と子供の喧嘩で、わたしも結局子供の自分とまだ仲直りできていないのでしょうか。


こういう、自己中な人に合わせていると必ず合わせているのにトラブルになりますが、

それは、他人に迎合してることで、本当の自分がわたしに対して怒ってるからでしょうね


今までこういう生活をして2年間、ずっとこういう人とトラブルになってきましたが少しずつトラブルも小さくなっています。


今回は、今回は、、、わたしを優先できますように

結局のところ、周りで相手が何をしててもわたしがわたしのことをちゃんとみていれば何も起こらない

わたしがわたしのことをみないで他人のご機嫌を伺ったりしてるから喧嘩になる


わたしがわたしと喧嘩になる

いつもごめんね


わたしたちの未来が、輝いていますように。


こんにちは、蘭です。


今いる職場、心に余裕がある人が多いというか、人と仲良くしようとしてる人が多いというか、新人に自然と関心を向ける人が多い


田舎で、家族経営がメジャーな地域なので、古い日本のような、会社が家族のような場所で、なおかつそんなに忙しいわけでもないので、ピリピリした感じがない


昔わたしが幼い頃は、周りは冷たい大人ばかり、心にも余裕がなく人に見せる生活のために必死になっている

親も親で人間不信、頼れるのは弱くて逃げないわたしだけ

うるさい嫁と薄情な旦那

彼らは、自分の課題を乗り越えていく強さがなかったから、優しく幼いわたしに何もかも押し付けて、自分のためにわたしの全てを利用しました


でも今いる場所ではこういう残酷なことは起こらないんだろうと思います。

起こらないというか、起こせない。


優しい人は強い人、と言いますが

冷たさと優しさを経験したわたしなりに言わせてみれば、

優しくされて育てば自然と優しく強い人になる

冷たくされると自分の優しさは裏切られていくから、自己防衛と学習で冷たくなっていく

だからこそ、冷たい大人に絡まれながらにして優しくあることは強くないとできない

冷たい場所で生まれて優しくあることは並大抵の人にはできません。

わたしも本当に、人に親切にすることはまだまだ怖いです。


冷たくあることは必然、優しさは強くなければ決断できない。


ただ、こんな田舎にくると、自己実現とかとは離れた位置にあるような感覚もあります。

地域みんな、家族みんなで同じ価値観をベースに一緒に死ぬまでそばにいる


適材適所という言葉がありますが、

最近はその通りこの世にはちゃんとそれぞれの人に役が用意されているように感じます。


このような地域で、トラウマの問題などに気づかずに死んでいくのも人生

わたしが最近出会った若き起業家は、親が社長だったし

駆け出しインフルエンサーをやってる女の子は八方美人で感受性の低いハーフの子だったし

東京で昔出会った金持ちな若者は、みんながすごいということをして人に褒めてもらうためなら手段を選ばない人だった

それぞれの人生の大まかなテーマは決まっているように感じます。


わたしは、起業家になることはできないし、流行を追うこともできない

ずっと地元にいたり、親と関わることもしない

承認欲求はあるけれど理性を犠牲にするほど愚かじゃない


わたしたちアダルトチルドレンは、

親との問題を直視する、心の問題に突き当たる、大きく家系の流れを変えるような、本質的なことに立ち返るような、そういう使命を持っている


それは誰にでもできることではなくて

わたしたちはその役割を全うするべくして生まれてきた

だから誰よりも悩み、誰よりも戦い、誰よりも孤独に、理解されなくとも、自分にしか見えないやるべきことに取り組んでいく


その役割を全うしていく先に、必ず出会うべき何かがある


そんな気がします。

こう思うと少しは自分の人生に意味を感じられるとは思いませんか?


今の自分の悩みは先祖代々誰も乗り越えられなかった試練である


私たちは、こうなるべくしてなっている

なぜなら本来とてもパワフルな存在だから

だから染まらず自分を持って現世日本でまだ生きている

愛を学んでこなくてもまだ生きている


わたしたちの未来が、輝いていますように。