ACの親もまたACです
親から愛をもらえないまま育って自分の子を育てます
愛してる という感情を言葉にしてもらっていないので
愛するとはどういうことなのか分かりません
ですから 自分が育ったように子どもを育てます

愛してるよ という言葉の代わりに 物を与えます
親の言うことを聞いたり 親の思い通りにすると OKのサインで物を与えます
心配しているよ という言葉もかけられていないので 代わりに 過保護・過干渉の世話焼きをします
子どもの代わりに身の回りのことをして 自分を満足させます
子供は失敗しながら学ぶ自由を奪われます

こうして親の支配とコントロールの下で育った子どもは 自律・自立ができません
自分は一人の人間としてここに立っている という感覚がありません
自分の人生を自分で歩く 自分で判断して自分で決める ができません

子どもは親の支配とコントロールを 愛情と受け止めます
愛してるよ と言われることはありませんから 他に受け止めるものがないのです
愛する=面倒を見る 支配・コントロールという公式を 親から受け継ぎます

子どもには 愛されているという感覚がないので 長い間空虚な 不安な時間が続きます
満たされない感覚は 長い間子どもの自立と自律を奪います






ACアダルトチルドレンは自己評価が低いと書きました

自分なんかダメ 自分が悪い と自分を評価できません 自己否定の強さが過剰なのです
いい部分も持っているのに、悪い部分が勝ってしまう
いいところも悪いところも含めて 丸ごとのありのままの自分を愛する 
ということができないのです

これもまた育ちのせい
親から評価されて育っていないためです


自分で自分を評価できないので 他者からの評価をとても重視します
自分が他人にどう見られているか とても気になります

自分が他人に何かをして 他人の評価を基準にするしかありません
他人に何かをして喜んでもらうことを 自分の喜び 評価にします
評価してもらった時の満足感は大きく その時は満たされるのですが
低い評価を下されると 地獄の苦しみです 
そして自分を低く評価した人との関係を遮断します



ACアダルトチルドレンの時間の感覚は独特です

インナーチャイルドの成長が止まったままですから 時間の感覚がありません 
幼児期 DVなどで強い恐怖や連続するストレスにさらされると その記憶はなくなります
記憶自体を消して 「なかったこと」にしてしまおうとします これも本能的に
でないと生きていけませんから 記憶を消します

ここでインナーチャイルドの成長は止まります いつまでも子どものまま
ですから 時間は永遠にあると思い込んでいます
時として子どもっぽい言動をしてしまうのも この理由からです

時間の感覚がないということは 自分の人生の時間を認識できないこと
人生設計ができないのです
20代の後半までに~をして 40代の前半までには~になっていたらOK など
時間を連続して認識できません 
明日のために今日はこれをやろう 何年後のために 何十年後のために ができない

ですから「なりたい自分」が見えない 「なりたい未来」が見えないのです

幼児期のトラウマが その後の人生をここまで支配してしまうのです
すべては不幸な育ちが災いします



この世にたった一人の 他の誰でもない かけがえのない私

今 ここにいる自分 をきちんと感じられる
今ここに生きている幸せを感じられる
この感覚が 健全に育った人ならば誰でも持っている「自我」の感覚です

自分という存在を感じ それを肯定し 自分のすべてを受け入れ 愛する
自己受容 自己肯定 自己愛 自尊心ということができて 初めて人は自立・自律できます

ACアダルトチルドレンには これができません
自分のことが嫌い 自分を愛せない 自分が悪い なのです
生きてる幸せ感がとても小さい いいえ ほとんどありません

これこそがACのいわゆる「生きづらさ」の根っこともいえます
自分を感じられない 愛せない から生まれる不全感は とてつもなく大きいのです
そんな育ちをした自分を 自分のせいだと思っています
自分が悪いと責め続けます
そんな自分に育てた親のせいだ とは気づかないまま
自分が悪いのではないと気づかないまま



自分の感情が分からない と書きましたが
ACは自分の欲求も自覚できません
相手に ~~して欲しい と言葉にできないのです
これも長い間自由奔放な感情を抑え続けた結果です

幼児期 親にたくさんの愛を受け たくさんのことをしてもらって子どもは育ちます
ACの場合はこれが希薄 
親の愛情が希薄ですからスキンシップさえままなりません
子どもはは安心して親の胸に飛び込むことさえできません
親からのハグやスキンシップがないことは 子どもの不安や恐怖を増幅させます

険悪な家族の中では 恐怖と不安の感情があるために
子どもとして当たり前の欲求までも抑えてしまうのです

親の怒りや攻撃を避けるためには して欲しくても我慢してしまいます 
親に「~して♡」と甘えることさえ抑えるのです

例えば笑顔で抱きしめてもらえれば 簡単に満たされる といったごく原初的な欲求なのですが
この素直な欲求さえも言葉にできないのです

幼児期に この当たり前の欲求が満たされないために
成長してからも幼い欲求は満たされることを求めます


ACアダルトチルドレンの悲しみはまだ続きます

ありがとう ごめんなさい 
普通なら誰でも 物心ついた頃には言える言葉
この大切な言葉を教えられないまま ACは育ちます
これも親からの「言葉かけ」がないという理由から

その代わりに教えられるのは「すみません」
ありがとうもごめんなさいも「すみません」
本音の部分では感謝も謝罪もしたくない感情の現れが この「すみません」です

親を見てみましょう 同じように親から育てられています
自分は悪くない 自分には非はない 自分はいつも正しいと思い込んでいる親です
他者に自分の非を指摘されると 「すみません」 もしくは無言 収まらないとキレます
自分を客観視できていないことの現れだともいえます

自分の言動を客観的に眺める
一枚の風景画を眺めるように 自分を見ることができない 
自分を客観視できない人は 他者も客観視できません
自尊 他尊がありません

ありがとう ごめんなさい この二つの言葉が言えないために
他者とのコミュニケーションはますます取れなくなっていきます


ACアダルトチルドレンは自分の感情が分かりません

頭の中で自分の感情を感じ 言葉にするという一連の作業ができません
幼児期からの学習 訓練がありません
親からもらっていないのです

親からの言葉かけ「嬉しいね」「悲しかったね」「寂しかったのね」がないまま育ちます
ですから今自分がどんな気持ちなのか 言葉にできないのです
感じる ということ自体を 言葉の上でも 体験からも認知できないのです

知力や理解力はありますが
頭の中では思考と感情の区別がつきません
どれが思考でどれが感情なのか 分からない
思う=思考 で 感じる=感情という言葉の違いが分からないのです

知識も学力も普通にあるのに 感情が分からないアンバランス
こうなる原因が 親からもらっていないだけでなく 幼児期の「禁止令」です

いつ爆発するか分からない親の顔を窺いながら 本能的に自分を守る方法を選びます
感じてはいけない 自由奔放な感情の発露を表してはいけない と自分に発した禁止令

自分の感情が分からないということは 他者の感情も分からないということです
感情の交流のない会話ややり取りに 健全な人は違和感を持ちます
理解 共感が生まれない会話が続くのです
コミュニケーションの不全

ACと共依存のピアカウンセリング

自他の境界がない親に育てられた子ども 過保護 過干渉の中で育てられた子ども
親との愛着関係が不十分なまま大きくなった子どもは
対人関係に歪みが現れます

家族のメンバーとそれ以外の他人との違いがあやふやです
家族の間で行われる非言語コミュニケーションを
そのまま他人に向けて行おうとします

家族だから非言語でも許される 感情的になることも許されるけれど
それを赤の他人に向けても分かってもらえないして迷惑なだけ が分からないのです

ですから ある人が親しくしてくれると 相手との距離を極端に縮めてしまいます
自分のことを分かってくれるのはあなただけ とでも言わんばかりに
分かって欲しい 構って欲しい が強いのです
ただ悲しいことに 分かって欲しい思いがあっても、それを言葉にできないのです
思い込みだけが先走り 自分を言葉で表現できない

分かってもらえないのは自分の言葉が足りないから とは思いません
他人に対しては言葉でのコミュニケーションしか通じないのですが
悪いのは相手のせい とその関係を断ち切ってしまうのです
そして相手に恨み 憎しみの感情を募らせます



ACアダルトチルドレンの育ちは不安と恐怖に満ちている と書きました

自分の世界のすべてである家族の中で 愛されている 歓迎されている実感が持てないのです
健全な家族の子どもなら 一身に愛と歓迎を受けて育つのでしょうが
険悪な夫婦の元では 生まれて来たことを歓迎されることもなく育ちます
いつ爆発するか分からない家族のメンバーの顔色や気配をうかがい 
その矛先が自分に向けられはしないかと いつもおどおどしています

親との 特に幼児期に必要な母親との間で 充分な愛情欲求が満たされません
母の肌の温もり 柔らかさ 匂い 撫でられる安心感 こんな原初的な感覚や欲求が満たされないのです

0歳から3歳ぐらいまでの子どもです
見る 聞く はできても言葉はまだ出ません 自分の感情を言葉にできるようになるのは もっと先のことです 
でも見ています 聞いています そんな子どもは本能的に自分の命を守ります
不安と恐怖の中で 自分はどうしたら身を守って 生き延びて行けるか
そうして生き延びた子どもは まさにサバイバーです

そんな子どもが親からもらったものは 笑わないこと 自由奔放な感情を表さないこと 自分が犠牲になったりピエロを演じること

この親の元で生きて行くために 本能的に無意識に選ぶ道です





ACアダルトチルドレンの生き辛さ

他人と上手くやれない
どう関わっていいのか 何を喋ればいいのか分からない
コミュニケーションが取れない 自分を上手く表現できない

結果 他人に疎んじられる 仲間はずれにされる いじめられる
引きこもってしまう 仕事を辞めてしまう 学校へ行かなくなる
負の連鎖にはまってしまいます

なぜコミュニケーションが取れないのでしょうか

これも親からの学び
原家族がコミュニケーション不全なのです

コミュニケーションとは相互交流
ことがら 情報 知識 思考の相互の交流です
さらに感情の交流があります

感情を言葉にして相手に伝える
相手はそれに呼応して感情を言葉にする
このやり取りが交流の真骨頂といえます

ACは知識も知能もあります 情報量も多い 決しておバカではありません 頭はいいのです
ただ 感情の表現ができないのです

周りの人たちのやり取りを見て
なぜあんな楽しい言葉のやり取りができるのか
ACには分からないようです