このはなさくやです。
好きな男性との関係がうまくいかないって、
それが結婚している旦那さんでも、恋人でも、
はたまた、この人は自分を好きでいてくれるんじゃないか?
と希望を持ちたい、
片思いの相手であろうとつらいですよね。
うまくいかないというのは、
こちらから相手に差し出す愛情や思いやり、尊重などの分量と、
相手がこちらに与えてくれる愛情、思いやり、尊重などの分量が、
イコールではない、そしてその差が著しい、
ということを指します。
こちらから差し出す分が大きすぎて
相手から返ってこない場合を「自己犠牲」とよびます.
相手がこちらに与えてくれる分が大きすぎて、
自分は相手にちっとも与えない場合を、
「相手から搾取している」とよびます。
どちらも健全な関係とは言い難いですよね。
というと、
「たしかに一見自己犠牲に見えるかもしれないけど
わたしは与えるだけで幸せ。
彼から見返りがなくてもいいの。
彼が幸せであればわたしは満足。」
と反論してきたり、
「いや~、たしかにわたしのしてることは、
一見相手から搾取してるように見えるかもしれない。
でも、わたしが相手に
『そういうのはよくないからもうやめよう』って言っても、
相手が、『オレにとってはキミを幸せにすることが喜びなんだから、
それでいいんだ』っていうのよ。
相手がそれでいいっていうんだから、別にかまわないじゃない?
愛のカタチなんていろいろあるんだし。」
と反論してくる人もいます。
ま、たしかに愛のかたちっていろいろあるんでしょう。
ただ、自己犠牲を喜びだと言い張ったり、
相手がそれでいいってうならかまわないじゃないの、
と開き直る人も、
「単に感情を感じないようにマヒさせているだけ」
というのが共通点です。
感じないようにマヒさせている感情とは、
前者は不満、欠乏感など、後者は罪悪感などですね。
感情をマヒさせている時点で不健康なわけですが、
その不健康なことをしてでも相手とつながっていたい、
つながりつづけるのをやめられないのには理由があります。
その理由とは、それがどちらも
「アディクションの一種」だからなのですよ。
アディクションとは中毒、依存症、
ということですね。
そう。
自己犠牲もアディクション。
相手からの搾取もアディクションなんです。
崇高で純粋な愛に見せかけた、
ただのアディクションです。
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