書こう書こうと思いつつ
今月は講座を受講したり
自分と向き合う時間をもたされたり
神様に呼ばれて神社参拝へ行ったり
ゆっくり落ち着いて
パソコンと向き合う時間があまりとれなかった
けど自分としては
めっちゃ充実してて幸せだったな
先日
講座で初めてお会いした方と
少しお話をさせていただいたときのこと
精神世界というのかスピリチュアルというのか
それなりに学んでこられているだけあって
話が弾んでとても楽しかったし
その方も「こういう話ができるの楽しい」
と喜んでおられて
私も嬉しかったのだけど
私が「現実なんて関係ない」
と言ったことに対して
「いやいや、そんなことないでしょ…」
とおっしゃって
本質が伝わってないな
とは思ったけれど
その話を深めるだけの時間がなくて
この話はここで終わってしまったので
少し残念だった
もちろん
私の言葉が足りなかったのも否めないけど
端的に伝えるならやっぱり
『現実なんて関係ない』となる
だって
本当に大切で必要なのは
私が何を思い何を感じたか
どうしたいかどう在りたいか
であって
現実はそれを私たちに
気づかせてくれるツールみたいなものだから
現実がどんな状況でどんな出来事が起こったか
などという細かいことはあまり関係ないのだ
他方
多くの人たちは
嫌な出来事がどれだけ起こったかとか
頭がいいとか勉強ができるとか学歴とか
どれくらいお金を稼いでいるとか稼ぎたいとか
彼氏がいるいない、結婚しているしていない
子どもがいるとかいないとか勝組とか負組とか
現実に
意味を持たせすぎているし
そのぶん執着している
引き寄せの法則でも神頼みでも何でもいいけど
そういうのを使って
自分の望みを叶えることに躍起になるのだって
結局
現実に意味を持たせすぎて執着しているから
そして
何か出来事が起こると
この現実にはどんな意味があるのだろうか?
とわざわざ意味づけまでしている
だけど
私たちは
自分が発したエネルギー(波動)が
自分に返ってくるというときに
それがいつどこでどのような現象として現れるか
はコントロールできないし大した意味などない
引き寄せの法則の望みを設定するときに
ある程度ざっくり決めたらあとは
どんなふうに叶うかは宇宙にお任せで
特定の事柄(出来事)や特定の人物は指定できない
というのがまさにそれで
それでも
望みがその人にとって必要な事(物)でなければ
どんなに願っても叶わないし
叶ったとしても
心満たされず幸せを感じないか
長続きしなかったり失ったりするかの
どちらかだ
私だって別に
現実をないがしろにしている訳では
決してない
現実に感謝しているし
エネルギーを発した者の責任として
そのエネルギーが返ってきた現れである
現実を真摯に受け取り、受け容れる
でも実際は
自分が発したエネルギーが返ってきて
現実化するのだから
そのエネルギーを発した時点で
全て完了している訳で
現実がどうであれ
今の自分がどんなエネルギーを発するか
が大切なのだよね
そういう意味でホント
今の現実なんて関係ない
逆に
現実を重要視するあまり
嫌な現実にネガティブに反応して
ネガティブなエネルギーが発せられることによって
現実が創られていく方が
よっぽど不毛
だから何度も言うけど
私が何を思い何を感じたか
どうしたいかどう在りたいか
が一番大切で
現実はそれを私たちに
気づかせてくれるツールみたいなものだから
現実がどんな状況でどんな出来事が起こったか
などという細かいことはあまり関係ないのだ

