大津のいじめ事件から十年。早いです。

生徒の人権を守るためにあらたに変わったり加わったりした制度や決まりごとはあったのでしょうか。

また、それらは守られているのでしょうか。 

TVではなくなった生徒の命日に神妙な顔をした職員らが黙とうをしていましたが

本当に心から悔悟しているのでしょうか。

 

前回、旭川女子中学生のいじめの件に触れ、その際に

いじめの加害者らすべてを極刑(死刑)にすれば、問題は解決するのかどうか、を綴りました。

 

そもそも、極刑の死刑は近頃では先進国では廃止される傾向にあるのに

日本においては、あらゆる犯罪を「死刑にすればいい」という傾向にあるような気がします。

 

 

「罪を償うことは死刑でいいのか」

「死刑という制度を人権問題としてどうとらえるか」

「もし、冤罪であった場合はどうするのか」

などの視点が欠けていて、もっと議論を重ねなければならない問題と思います。

 

特定の団体を支持しているわけではありません。

『死刑廃止論』で検索するといろいろな意見がでてくると思うので時間のあるときに調べてみてください。

 

 

6年生の女子小学生(小学生ですよ)のいじめによる自死の事件が昨年11月に

東京・町田市であったと最近の新聞やネットで知りました。

コロナ禍もあって、時代の要請とともに学習効果の効率化をねらう学校側の

タブレット端末の使用が原因のようです。

その際に、パスワードがクラス全員同じであったことから

パスワードの設定にいじめの問題の原因があったと断じてあるメディアばかりでしたが

「違うんじゃないかな」と思った人はいないのでしょうか。

 

パスワードが皆同じだから、クラスで一人の女子を悪く言う文言が丸見え、ということが

女子の大変な苦痛となり、自死に至ったというのが主な意見ですが

本当にそうでしょうか。

 

パスワードが各自、違っていたならば一人の女子をチャットでいじめるということは起こりえなかったのでしょうか。

 

この場合、タブレット端末そのものがすでにいじめの凶器になっていること、

それ以前にタブレット端末を導入する前からこの学級には、

いじめの芽を摘むことができない問題がなにかしらあった、とみることが妥当ではないかと思うのです。

 

もし、あなたがひょんなきっかけで虫のすかない同僚のクレジットカードの暗証番号を知ってしまったら、

こっそり仲間をよんでATMから同僚の現金を引き落としますか?

そういうことと同じことをいじめをした生徒たちはしているのです。

 

凶器になりうるタブレットの使い方に問題があると思いませんか。

 

 

 

 

 

この問題を繰り返さないために

不適切な発言やトラブルになりそうなやりとりをあらかじめ見抜くことが大切、と新聞(読売9/22朝刊)は結んでありましたが

それではパスワードの意味がありませんし、個々人が自由に発言することもはばかられます。

 

いじめの起こる土壌というのは、一人ひとりの心の指針がバラバラでしかも正しくない方向にあり、

集団による大きな圧力によってあらぬ一方向にいっせいに転じてしまい、

一人の力では抑制の効かない状態にあるものだと思います。

おそらく、一人に集中していじめをすることに抵抗を持った生徒も幾人かはいると思うのです。


 

最初にタブレット端末を渡し、パスワードを皆同じに設定する、ということは初めてタブレットを扱う生徒にとって、

また、それを指導する先生にとってむしろ好ましいことに思われるのです。

 

タブレット端末のパスワードを皆、違うものにすればよかった、ということは根本的な解決になっていないように思います。

 

皆さんはどのようにお考えになりますか。