用事があって調布にでかけました。

 

 

 

数年前とすっかり変わって駅前はたくさんの商業ビルがそびえ、地上に駅舎があった頃のような

風情がみられなくなりつつあり、ちょっと寂しい思いもしました。

 

 

 

まぁ、この時期から仕方ないのかもしれませんが

選挙演説、それもれいわ新選組の立候補者とその支持者の騒ぎっぷりは思わずガン見してしまうほど騒がしいものでした。

政党カラーというのか、皆一様に同じような色の上着を着ていて

一段と奇異な感じを抱きました。

 

 

 

 

さて、自民党、公明党、立憲民主党、共産党、社民党そしてれいわ新選組なども含めてそれぞれ一様に公約に給付金を掲げていますね。


ターゲットは、子ども、低所得者、国民全員などさまざまですが、そもそも給付金を国民に配る、

という発想に貧困さを感じるのは皮肉なことです。

自分もコロナ禍で経済的にもかなりの打撃を受けましたが、なにがなんでも給付金を懐に、

という考えはありません。

国の予算は以前も綴ったように「一般会計と特別会計」から成り立っていますがこの「特別会計」の

内訳・詳細を政府は公表していないので、一部の国民にとって国の財源はまるで打ち出の小槌のように無尽蔵に出てくると思っているのがさらに嘆かわしく思います。

 

 

  

 

「特別会計」はおもに福祉関係(法人も含む)や社会保障関係に割り当てられています。

介護保険や医療の分野にもおよびます。

もしかしたらコロナ禍の影響で生活保護の運用にも含まれているのかもしれません。

この経済的大打撃の時世では、相当のおカネが特別会計から引き出されたことは想像に難くありません。

 

 

 

 

もちろん、集団ストーカー犯罪のシステム維持もこの特別会計が財源となっていることが推察されます。

国民の貧困さが顕著になるとどうしても生活保護を受けざるを得ない層がでてきて

その財源の出どころを握っているのが福祉全般を請け負うところが大きい公明党であり、これは自民党公認です。

要は、日本の福祉の政策と集団ストーカー犯罪は表裏一体なのです。

もっとわかりやすくいえば、生活保護を受給する人が一人増えれば、集団ストーカー犯罪に一人は被害に遭うしくみです。

 

 

 

ばらまきは、もともとある国の借金は保留のまま、むしろ増大するだけでなんの解決にもなりません。

ばらまき対策により、国の財源はますます枯渇し、集団ストーカー犯罪は増えるばかりであり、

それに伴って被害者ももっともっと増えていきます。

いやいやながら、あるいは明らかにうしろめたさを漂わせながら集ストをする人も増えてきました。

ばらまき対策を公約に掲げている政党は集団ストーカー犯罪を容認していることであり、

結局どの政党も短期的な国民の満足をかなえるだけであり

票を獲得するためだけに、

国民にほんのちょっとの餌を与えようとしているだけです。

それも実現できないと承知しているはずなのに、です。

真摯に国民のことを考えている政党はない、ということです。

 

 

 

 

もう、従来の社会保障制度に限界がきてしまっています。

現役の若い世代が75歳以上のお年寄りの生活を支えているといっても言い過ぎではないと思います。

 

 

 

次回、身近な若い人の苦境を綴りたいと思っていますが

そろそろ昭和的な価値観を壊していかなければならないのではないでしょうか。

とても残念ですが仕方ありません。

 

 

 

実力、能力、学歴も十分ある若い人が正規社員になれない、

正規社員になれない、ということは生活は苦しいことはもちろん

社会保険でさえ納めることが経済的にも無理であるとすれば、結果的に年配の方の生活にも影響が大であり、

それはそれで困ることでしょう。

 

 

 

二次的な社会保障制度をあらたにつくり

正規社員でなくてもフルタイムで働いている人はもちろん、そうでなくても雇用保険など

いままでの社会保険に準ずるような、特例措置、たとえば低料金の保険を納めることなどでシステムを維持し、

段階をたどって制度をつくりなおすのです。

「派遣止め」「雇い止め」に戦々恐々としている若い人たち。

彼等が少なくとも絶望を抱かずに生きていく方法はないのでしょうか。

 

 

 

 

 

「安心で安全なまちづくり」

「だれもが公平な生活」

「〇〇無償化」

「脱少子化」などのうたい文句はもうたくさんです。

 

もっと抜本的な解決策を見出さないと

全国民それこそ「公平に」地獄のような生活苦と食糧難が待ち受けているだけだと思います。

 

 

 

活気のあるスーパーは2年後、5年後も健在でしょうか。