
まとめ
HCUに入院になった父
翌日お見舞いに行くと
聞いたこともない軍歌を
歌っていました
(これは今でも謎です)
そして3日ぐらいで
個室に移動になりました
それからは意識は
朦朧としていて
言葉を発していても
聞き取れず
ボイスレコーダーで
録画していました
唸ってると思っていた声は
家でイヤホンで聴くと
「苦しいよ〜苦しいよ〜
肺が苦しいよ〜」
と言っていました
そして
食べられなくなり
点滴を24時間
していましたが
もう尿も出なくなり
体中パンパンに
なってしまいました
見ていられなくなり
先生に
「点滴を取って欲しい」
と言いました
それがどうなるかも
わからず
ただパンパンに
張っている体から
水分が少しでも出て
欲しいと
願っていました
その日は
姉が付き添いました
翌日は
私が付き添う予定でした
たまたま同じフロアに
親戚が入院していました
夜中に父の唸り声が
その部屋までも
聞こえてきて
姉に
「おじさん大丈夫?」
と聞きに来てくれたようで
あまりにも辛そうな父を見て
「看護師さんに聞こう」
となり
看護師さんに
「痛み止めかなにか
できませんか?」
と聞いたところ
「座薬を入れたら
そのまま息を引き取る
かもしれない」
と言われたらしく
姉は
寝てる私達を
起こすのは
可哀想だと思ってしまい
そのまま入れなかった
そうです
そして次の日
私は付き添う予定
でしたので
朝は行きませんでした
(夕方から付き添おうと思っていました)
(それも姉との連携がなっていなくて
姉は朝から来ると思っていました)
そして母が病院に着き
父に
「もう楽になっていいよ」
と話しかけ
病院内のコンビニに行って
戻ってきたら
(姉がずっと付き添って見ていた)
心電図がピーンと…
母を待っていたかのように
血圧や心拍が停止に
すぐ看護師や先生が
駆けつけてくれ
脈や瞳孔を見てる時に
父は息をしゃくり上げ
先生が
「午後3時33分御臨終です」
と言ったそうです
最後の最後まで
呼吸が荒く
息が苦しそうで
壮絶だったそうです
すぐ私に電話をして
くれたのですが
動転した私は
「まだお父さんに
死ぬの
待ってって言ってー」
と言ってました
そして
泣きながら
シャワーに入り
タクシーを呼んで
病院に
行きましたが
タクシーの運転手さんも
なんとなく気づいたようで
遠回しに
「看護師さんですか?」
と聞かれ
「いえ父が今
亡くなったんです」
と言ったら
「早い道のりで行きますね!」
と裏道で行ってくれました
あの時の運転手さん
ありがとうございました
そして
大腸癌が原因ですが
死因は
多臓器不全でした
癌は怖いですが
父を見ていて
抗がん剤をしてからの
父の急降下の
体調が
物凄く怖く
自分が子宮体癌に
なった今
抗がん剤が
出来ない
理由でもあります
一旦完結
