から幾つもの手が、青黒い手が僕を掴もうと迫って来た。

車をつかまえようと、振り返った僕は唖然とした。

その光景に震え上がったのだ。

僕が振り返って逃げようとした時だ。

一台の車が停まってくれた。

僕が行き先を告げると、送ってくれると言う。

地元の人だった。

僕が振り返ると、手達は消えていた。

一旦その人の農場に寄ると、そこから店まで送ってくれた。

「どうする積もりだったんだ?」

僕が歩いて帰る積もりだったと答えると「熊が出るんだぞ」と叱られた。

「熊が…」僕は驚いた。

僕は、迫ってきた手の群れの恐怖に怯えていたが、その人は僕が熊が出ると言う事に僕が怯えていると勘違いしていた。

店の前まで送って貰い、僕は丁寧にお礼を言って、引き返し走り去る車を見送った。

僕は濡れた服の儘、店の従業員口に入ると、階段を上がり衣類を着替えた。

幻だったのか?。

背筋に再び漆黒のものが走った。

それは真綿のように僕に巻きつき、まとわりつき、締め付けた。

明るい部屋の中で僕の恐怖は徐々に溶けて行った。

急にチニタの顔が見たくなり、僕は霧雨になった雨の中に飛び出した。

店のドアを開けるとチニタがグラスを拭き、叔父さんが夜の仕込みをしていた。

僕が休みだった事を告げスツールに腰かけ、酒を飲み始めると叔父さんがお通しを出してくれた。

チニタが上がる時間になり、僕も席を立った。

そして2人コタンに向かった。

「どうしたの、一体?」チニタが何気に言った。

「急にチニタの顔が見たくなったんだ」

「ふ~ん」チニタはそう言うと僕の手を握って来た。「湖に行こうか?」突然チニタが言った。

「ああ」僕はそう答えると、今来た道を引き返した。

小道を入ると林に靄が立ち込め、月の光が靄に映りこみ明るく照らし、不思議な光景を作っていた。

僕達は水辺に立った。

「10月になると僕は東京に帰る。チニタもついて来てくれないか」

チニタは頷いた。「良いよ」

2人が口づけを交わしている時だ。

湖の縁に古木があって、その古木の一部がぽっと光った。

それが次々にぽっと光りだし、電気的な大きな光りとなり、古木からふっと飛び立った。

口づけを終え抱き合った僕達は、光の球に囲まれている事に気づいた。

チニタが「キャッ」と悲鳴を上げた。

光の球はフッーと飛び木々に止まっては、2人に迫って来た。

「今だ」僕はそう叫ぶ