俺は涙目になりながら腹を押さえていた。もう少し下の方向を熱い抱擁でタックルされていたら、この世の男子しかわからない痛みを味わっていたであろう。あの痛さというか、苦しいというか、辛さは本当に体感したくないものである。そいつの腕を俺はほどき、
「あ……ありがとよ。お前は朝から元気だな。だけどな、抱きつくならもっと優しくだな……」
「あははっ! 先輩は何言ってるんですか? そんなの面白くないじゃないですか!?」
そんなにこにこした表情で言うなよな。
「面白いってお前な……」
 
「それに、先輩ってやっぱり優しいですよね」
今もなお離さない、その腕が少しだけ強くなった気がした。
「急になんだよ?」
 さらに上目づかいのその瞳で、
「だって、先輩は避けずにいてくれましたから。避けるという選択肢もあったはずですよ?」
「……」
自分にとってはそれが普通のことだと思っていた。だから、そんなことを突然言われると、どういう顔をしたらいいか分からずにいた。唐突な襲撃には誰もがパニックを起こすようでそれは俺も例外ではなく、視線を明後日の方向に向けるのが精一杯だった。
「あのまま、避けたら私が転ぶと思ってくれたんですよね? しかも無意識に。やっぱり透先輩は優しいですよ」
 俺と会ってから笑顔を絶やさないでいる、この女の子の名前は長月実梨。俺の後輩にあたる。実梨も聖奈や仁太と一緒のバンドのメンバーである。ショートカットが似合う天真爛漫な明るいキャラが実梨のイメージだ。ちなみに、この実梨も『ひな様親衛隊』の会員の一人である。理由は、たしか『親友だから』だそうだ。
「そんなことよりお前何か急ぎの用事があって走ってたんじゃないのか?」
「ああ、いいです。先輩と登校できる方が大事ですから」
「……なら、いいけど」
 素直に喜べずにいる俺は本当に子供だ。ここで『ありがとう』の一言を余裕の笑みで言えたらと思う。
「じゃあ行こう! せーんぱい」
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