恐怖を与えて来る相手を「好き」なままでいられる気持ちは、
私にはわからない。
女性が男性にそう思うのと、
男性が女性にそう思うのは、
受け取り方が色々な意味で違う気もする。
男性であれば腕力、権力的なものを連想しやすく、
女性であれば生命のあるなしを連想させる。
男の人が肉体的に傷ついているのは、
カッコよく見えたり勲章のように捉えられがちだが、
女の人が肉体的に傷ついているのを見てられないのは、
全員が女の人から生まれていることが理由だと私は考えている。
大まかに言うと、
私は男性を怖がり、
女性に呆れることによって、
人生の初期を生き抜いた。
その習慣だけ残ってしまうと、
いつまでも、
私を怖がらせたい男性や私に呆れられたい女性ばかり寄って来る。
こちら視点の言い方ではね。
習慣を変えると、
寄って来る人は変わるし、
同じ人でもこちらの出方が変わって来る。
それでも、
自分の根本の考え方に、
向き合おうとしているか、
していないかの決定的な違いがあることは、
残念なことではある。
ただ、
客観的に見れば私の方がずっと重症と言うのは確かなので、
人を変えようとか、
人への負担を減らそうとするのではなく、
自分の傷がどれだけ深いかをちゃんと考えた方がいいと思う。
体感、
「傷ついてる」どころか、
「傷しか無い」みたいな状態だから。
まともな皮膚の部分なんて、
もうだいぶ前からどこにも残っていないから。
才能は才能。
それはそれ。