自分が与えてる恐怖 | 戦争について

戦争について

ピアノ演奏者。戦争について一生懸命書きます。

恐怖を与えて来る相手を「好き」なままでいられる気持ちは、

私にはわからない。


女性が男性にそう思うのと、

男性が女性にそう思うのは、

受け取り方が色々な意味で違う気もする。



男性であれば腕力、権力的なものを連想しやすく、

女性であれば生命のあるなしを連想させる。



男の人が肉体的に傷ついているのは、

カッコよく見えたり勲章のように捉えられがちだが、

女の人が肉体的に傷ついているのを見てられないのは、

全員が女の人から生まれていることが理由だと私は考えている。



大まかに言うと、

私は男性を怖がり、

女性に呆れることによって、

人生の初期を生き抜いた。


その習慣だけ残ってしまうと、

いつまでも、

私を怖がらせたい男性や私に呆れられたい女性ばかり寄って来る。

こちら視点の言い方ではね。



習慣を変えると、

寄って来る人は変わるし、

同じ人でもこちらの出方が変わって来る。




それでも、

自分の根本の考え方に、

向き合おうとしているか、

していないかの決定的な違いがあることは、

残念なことではある。


ただ、

客観的に見れば私の方がずっと重症と言うのは確かなので、

人を変えようとか、

人への負担を減らそうとするのではなく、

自分の傷がどれだけ深いかをちゃんと考えた方がいいと思う。



体感、

「傷ついてる」どころか、

「傷しか無い」みたいな状態だから。

まともな皮膚の部分なんて、

もうだいぶ前からどこにも残っていないから。



才能は才能。

それはそれ。