青春 | ありのままの僕 答えを探して

青春

10代を過ごしたアメリカのNYで、若さにまかせて突っ走った
話せないようなこと、楽しすぎた経験、悪がき軍団を今懐かしく思う。
あの頃、社会から飛び出して、楽しみたいように過ごしていた。
誰かを責めたり馬鹿にしたり、それより、次の計画で頭がいっぱいで
どんなことをしてようが、学歴も何も僕ら悪がき軍団には関係なく、
つっぱしって一緒にいくことが大切で、つっぱしった先が何があるのか、何もないのか、
そんなこと考えるような、老いぼれた心じゃなく、つっぱしってることが気持ちいいから、
もっともっとと、つっぱしって、生きてる中でもう二度と経験できないだろう、
そして、経験して思い出として今、僕の心の土台になったことも、
誰もが経験できることではないことを思うと、僕の土台はあの悪さばっかりしてた頃に
学んだことなんだと思う。悪いことだけを学んだわけじゃない。
楽しむならとことん楽しんで楽しむ心は何歳になっても変わらず楽しんで、いきつくところまでいく勢いを
学んだ。
本当に心から楽しんでることが大切で、楽しい場所にいって、楽しくしてもらえるとおもいがちな考えは
違って、楽しいことなんて、どこにだって、楽しもうと思えば、どんな場所だって、楽しめる。
自由を学んだ。堅苦しいことにこだわってばかりの日本では、自由にやりたいことをすることに
何か引け目と不安を感じたりしたわけだけど、
やりたいように生きて、楽しみながら、それぞれ、個人としての考えをしっかりもって、
どう思われようが恥じることなどしない、プライドをもって楽しみ、それぞれを生きてる
アメリカ人をみて学んだ。
日本は意味ない常識がある。常識は都合よく変わったり押し付けられたり人をしばりつけるだけで、
常識より大切な変わらない真理を大切にするべきなのに、日本はまるでまわりの人からの
評価が自分のプライドや勘違いした考えを生み出してる。

みんな自由で楽しく過ごすアメリカ人がまわりに多かったこともあり、
お金がないと楽しめない、お金を必要とする日本人の遊び方、ファッションにしろ、
自由はそこにはなかったと思う。

僕の仲間のわるガキ軍団は、アメリカに染まって、アメリカ人のDEEPな世界まで
楽しみを見つけて、危険でも、死んでしまっても、そんなこと頭にあるわけない
つっぱしって、アメリカ人のアンダーグランドのカルチャーにどっぷりつかって、
ありえない楽しい日々を過ごした  

すばらしい過去、思い出をもつ僕らわるガキ軍団は
日本の色に簡単に染まってしまったように、
口うるさい、ばばぁが言うような、新しい世界を歩くあの姿ではなく
日本らしい、こだわりや、世間体を無視できない考え、姿になって
あれだけのことを一緒につっぱしってきた仲間が、日本に戻ると
わるガキ軍団は自然に消滅していた。東京に90%住んでるから、
大阪の僕は気がつけば、変わっていることを東京にいった時に
知って、あれだけ、ふざけあって、意味ない会話に笑い転げたのに
違う人かのように、変わり、大人なんだからという、くだらない言葉に
日本にのまれて、日本のくだらなさにしばられて、
交わす会話は虚しく、絡み合いふざけあうことはなかった。

あの頃を思い出して、何でもできたはず。怖いものなんてなかったはず。
つっぱしった道を思い返せば、むちゃくちゃな危険なことも多かったけど
一緒に過ごした仲間はずっと変わらずあの頃の仲間でいれないことが
悲しい。

一人、僕と同じように、過去の思い出があるから、その先に今があって、
思い出と過去として終わったものじゃなく、思い出はこれから先も
また作り出そうって、出会いを、あの頃の仲間を大切に思う人がいてくれた
ことがうれしい。
みんな、変わったんだ。僕の生きかたは話しても理解はされなかったことがあってから、
僕は僕を否定してくる、そんな関係から遠ざかろうとしてた。
僕は僕の生き方がある、僕だけの人生らしく人と比べたりなんてしない、
何しててもいい、悩む時期もある、人から何を言われても関係ない、
人のいうことは、批判ばかり。言うことに責任をもっていってるわけでもない。
自分より下に感じる人への批判なんか言ってばかりで、個性を認めて、
それぞれ違う人生の歩き方をしてる事を認めようとはしない。

一人のわるガキ軍団とつながりをもてた。
つっぱしって走った仲間を人を、大切に思う、繋がりがそこにあると思うからだ。
薄っぺらい仲良しごっこじゃない、同じ時を一緒に過ごし、つっぱしった仲間だからさ