愛について | ありのままの僕 答えを探して

愛について

愛について語れる僕なら

今 きっとこんば場所にはいないだろう


愛について語りあえるなら

もし今がそうなら涙で何もみえなるまで流す涙と

かすれ声だろう


愛について語る君がいるなら

僕のしらないどこなんだろう


愛について学んだことはつらくて苦しくて


だから愛なのかもしれない


待つという心があるのに

与えるものが愛という僕は

まだ煩悩の中でふりまわされる


誰かが動けば 出会いがあるのにもったいない・・・


なんていわれても

動くのは君の元 それ以外に動くってどこに?


もてるとかそんなこと恋愛に関係ないから

たくさんの人より愛する人一人がいればいい


つらいでしょ。もう やめなよ。 愛されていると思える?

・・・・そうかもしれない、でも違うんだ。そう根拠があっても

もみくちゃにして 僕はやめることはないんだ


何人か、用途に合わせて会ったりしてる人が相手にいても許せるの?

そう思う?なぜ?いるとそんなに言い切れるの?ねぇ・・

と問いただす僕に、あきれたように会話は閉じられた


そんなこと考えもしなかった。けど、友人としても誰としても

普通ならいても当たり前なこと、そう思うと

誰をせめるわけじゃなく、現実はそれが多数な

お付き合い関係でしょって、そういう声が

僕にへばりついて、うん、とも、ちがうとも、

間違ってるとも、何もいえない。。

そうだよな、そんな風に人間関係ってあって当然だもんな・・


ただただ想像しただけで、たまらなくなる僕がいる。

イライラして、相手を殴りたおすだろう、わけのわからない

勝手な嫉妬がうまれる



愛について語るテレビのむこう、そんな愛なんかじゃない。


困ったときに しがみつくのは、キリストの教えにしてから

それが逃げ場であり答えであり、そこにたどり着く


神にはなれない、ほど遠すぎる、教えを胸にもって

その教えのままに 歩こうとしても

まだまだ 簡単にいかない。。。。


愛について僕が語るとき

僕は愛する気持ちを浄化したあとなのかも

そんなことできるのならいいけど

できるわけもないよって今の僕がうなずく。