人物評 | 進行方向を正面に見て、回れ右してから後ろ向きに走る

人物評

人物評というものはどうも胡散臭い。好きだけれども。
歴史には偉い人がたくさんいる。英雄とか呼ばれる感じの人。
時代の節目節目に現れて、時代の先を読み、意志持ち、実行した人。

ただなんというか、よくわからないのだが、当の英雄達は、本当に英雄的に重大な決断を下したのだろうか?
カエサルはどんな気持ちでルビコン川を越えたのだろうか?
諸葛亮はどんな気持ちで、赤壁で風が吹くと決めうちしたのだろうか?
秀吉はどんな気持ちで毛利を講和して明智を討ったのだろうか?
徳川家康は、小早川(だっけ?)に鉄砲を撃つとき、どんな気持ちで意思決定したのだろうか?

きっと、みんなそれなりに(自分なりに)根拠みたいなものはあって、それで決断したのだろうけど、
なんというか、どれもきっと、絶対ではなかったはず。
当の本人達も一か八かの賭けであることを認識しつつ意思決定したのではないだろうか?

何が言いたいのか既に分からないけれど、
英雄的な決断が下される時、そのプロセスやら、決断の下され方やら、実行方法やらは、
きっと別に英雄的である必要はないと思う。

数多の意思決定のひとつでしかない(当然大きいものではあるだろうが)。
結局、それが英雄的なモノに昇華するのは、結果が出てから。
結果のインパクトが巨大であったことが判明するのが、長い長い時間が経ってから。
最良の結果が熟成した結果が英雄。

今の時代、英雄はいるのだろうか?
いるのかもしれない。
良い結果を残している人はたくさんいるだろう。
でも同時代人が英雄かどうかは分からない。数千年の時の洗礼を受ける必要があるから。

何を言いたかったんだっけ?