プログラミングと自由 | 進行方向を正面に見て、回れ右してから後ろ向きに走る

プログラミングと自由

なかなか自由になることはない。

食べるための日々につまらない労働に従事しているとき、僕は自由を感じない。

ただただ歯車としてクルクルまわる自分を感じる。

パソコンをいじるのが趣味だが、それは自由を感じるからかもしれない。

 

自由とはそもそも何か?という話になるが、

思考したことを行為に移せることが、きっと自由なのだろう。

思ってもできないことは多い。

もちろん、いきなり思ったとおりのことはできないだろう。

インターネット上に散らばるエロ画像全てを集めるプログラムの開発というのは

一筋縄でいくものではない。

しかし、一歩づく近づくことは可能だろう。

スキャンして、ブルーとフォースでこじあけて、.jpgを頂くとか。

なんというか、思考に向けて一歩づつ行為を進められる。

そして、進めていることを実感できる。

プログラミングは。

そういうのを自由というのだろう。

 

思考を行為にそのまま移せたらなんでも自由か?

という問題はある。

思考の源泉が動物的な本能だったり、過食症による食欲だったりした場合、

たとえば、街行く女性全てをすれ違いざまに犯すのが自由で、過食症の導くままに食い続けるのが自由か?

というそうでも無い気がする。

 

そういう話をすると、そもそもエロ画像収集ソフトの開発は自由か?ということになるが。

(ちなみに、そんなもの私は作っていない)

 

基本的には、思考を行為にそのまま移せることが自由の基本的定義であろうが、

思考の源泉については、ある程度フィルタをかける必要があると思う。

それがなんなのかは分からないけれど。

 

最近、プロクシプログラムの話をしてない。

なぜって、デバッグしてないから。

でも、昨日は200で実施したところ、178ユーザをGETした。

あぁ、でも全くデバッグしてないわけではない。日々発生する意味不明の不具合を解消するために

場当たり的な対処はしているようにも思う。

 

そんなこんなで、ジャンルランキングがついに3桁になった。