こんにちは、もいもいです( ゚∀゚)ノモイ
すっかりお久しぶりでございます。
諸々すっ飛ばして、ルドン―秘密の花園展@三菱一号館美術館の覚書です。
ルドンが描く「植物」に焦点をあてた展覧会。
同館所蔵の画家最大級となるパステル画《グラン・ブーケ(大きな花束)》と共にドムシー男爵邸の食堂を飾っていた15点の壁画が一堂に会するほか、世界的なルドンコレクションを有する岐阜県美術館、オルセー美術館やMoMAなど、国内外の主要美術館から作品が集結。
「植物」をテーマの中心に据えながら、画家が影響を受けた人々や交友関係、関心を寄せた哲学や学問のことなど、幅広く紹介しています。
大好きルドンどんのヘンテコくんと美しい色彩に囲まれてたっぷり楽しみました
またいつか見たいなと思っていた作品もいくつか再見できたり、自分にとって小さな道しるべとなる収穫も色々ありました。
依り代としての樹
改めて印象的だったことのひとつは、空想と現実の置き方、描き方です。
オディロン・ルドン《青空の下の木》1883頃 MoMA
ルドンの画業を通して見られるモチーフのひとつ、樹木。
色の帯や波でかたち作られて少し抽象的です。ルドンの水色はなんだか愛らしい
「不確かなもののそばには、確かなものを置いてごらん」
コローからルドンへの助言とされるその言葉にあるように、樹はまたルドンが描く空想上の存在の「依り代」でもあり、神や怪物などの傍らに多く配されています。
シェイクスピアの戯曲『テンペスト』に登場する怪物キャリバンも、樹のそばで眠ります。
オディロン・ルドン《キャリバンの眠り》1895-1900 オルセー美術館
50歳を過ぎた頃より、色彩豊かな作風になっていった転換期の一作。
白い幹にもたれて眠るキャリバン、宝物の夢を見ているのでしょうか
周囲には、空気の妖精アリエルが飛んでいます。
地面には色とりどりの花々。所蔵先のオルセーはこれを「キャリバンの夢からあふれ出てきたようだ」と解説しているのがとっても素敵です。
キャリバンの夢だけでなく、ルドンの絵からは、幻想や神秘、孤独、静けさ、心の内がにじみ出ているようなところに惹かれます。
キャリバンは、異形のもの好きルドンが創作意欲を掻き立てられたモチーフのひとつ。
野蛮の象徴も、ルドンが描くとどこか愛嬌がありますね。
オディロン・ルドン《キャリバン》1881 オルセー美術館
ルドンにとっての黒は、特別な色。
当時、木炭画のリバイバルが起こっていた背景もありますが、「目に見えないものや明暗法への探究に役立った」とも画家は綴っています。
国立美術学校建築科の受験に失敗後、アカデミズムの重鎮ジャン=レオン・ジェロームに入門するも、これまた苦い挫折に終わったルドン。
しかしそこでの経験により、木炭との出会いを得て、所謂「黒の時代」の素地となりました。
心の師、アルマン・クラヴォー
もうひとつ、ルドンの創造に息づいているものとして印象的なのが、10代の頃に出会った植物学者アルマン・クラヴォーの存在です。
知的好奇心が旺盛だったルドン、興味の対象は科学に疑似科学、美術、文学、民間伝承…と幅広いものでしたが、その入り口に導いたのがクラヴォーでした。
ルドン曰くクラヴォーは「動物と植物の間の生命、目に見える限界のような世界を研究していた」そうで、ルドンが描く狭間の生物や神秘的な世界とも通じるように思えます。
異文化や異教への興味も、彼の影響によるものといわれます。
オディロン・ルドン《若き日の仏陀》1905 京都国立近代美術館
鮮やかな色が目を引く一枚。
ふわふわと胞子のように舞う背景の靄。
ざらついたテクスチャの胸元との対比も印象的です。
オディロン・ルドン『ゴヤ頌』Ⅱ. 沼の花、悲しげな人間の顔 1885
人面種もクラヴォーの著書にある挿絵が着想源のひとつに指摘されています。
素晴らしい師との出会いは、とても大きな影響力となりますね。
ルドンを見ていると、でも残念ながら相性の悪かった修学経験からも、自分次第できっと得られるものがあると思えます。
まだまだまだまだ学ばなければならないことが沢山ある私も、どんな人からも何かを吸収できる姿勢でいたいです。
ルドンと日本美術
ところで、北斎とジャポニスム展では、ルドンの人面種が北斎のお化けと比較されていましたが…
葛飾北斎 《百物語 こはだ小平二》 1831
私は、このキリストの眼差しの方が共通点を感じるなあ…
オディロン・ルドン《荊の冠の頭部(キリストの頭部)》1877 プティ・パレ美術館
一般的には、穏やかな、あるいは悲哀の表情に描かれていることが多いキリストですが、ルドンが描く睨め上げるような目つきは独特ですね。
日本美術とのつながりでいえば、今回の目玉でもあるドムシー男爵のための装飾壁画にも感じられました。
オディロン・ルドン[ドムシー男爵の城館の食堂壁画15枚のうち]《人物》/《人物(黄色い花)》1900-1901 オルセー美術館
部屋に合わせた縦長/横長のカンヴァスや、余白をもったリズミカルな構図、金色、卵や膠を用いるデトランプの質感などからもそう感じたのかもしれません。
異文化への関心も高かったルドン、ジャポニスムからも何かしらの着想を得ていたかもしれませんね。
これらの装飾画は、おそらくスペース的に、全15点のうちいくつかは別室に展示されていましたが、それでも当時、食堂に飾られていたようにぐるりと見渡せる空間は圧巻!特にミモザの黄色が美しかった!
配置図もあり、ここに暖炉があって…とか想像しながら楽しむことができました
ルドンが生きた時代
ルドンの知的好奇心は、恩師クラヴォーの存在に加えて、時代もまた、様々な知の扉が開き始めていたことも大きそうです。
クラヴォーの研究にもあった顕微鏡で見るマクロの世界をはじめ、ダーウィンの進化論、ドイツの哲学者ハルトマンによる「無意識」という概念。
飛躍的な進化を遂げた天体望遠鏡によって、天体や地球外生命への関心なども高まっていたといいます。
理解しているかどうかは全く別だけど、今では既存の常識となっているこうした情報が、当時は目覚ましく新しいものであったことを考えると、その時代だからこそ作り出せる貴重さと、彼らと本当には同じ視界を持つことはできないこと、それと同時に人として共感を呼ぶ普遍的な通奏低音がどこか流れているからこそ、そうした作品に惹きつけられることを改めて思います。
オディロン・ルドン 『夢の中で』Ⅱ. 発芽 1879
音楽のように
オディロン・ルドン《蝶》1910頃 ニューヨーク近代美術館(MoMA)
最後に、私がルドンの好きなところをもうひとつ、それは「謎めき」です。
赤毛のアン風にいえば、想像の余地が豊かにある(*^o^*)
作品解釈の自由度を許容したルドン。
作品から生まれたアクションは、見る者をフィクションへ駆り立て、それのもたらす意味は各々によって異なるものだ、としています。
「何かを定義づけるものでなく、不確定的なものの棲む、曖昧な世界へ連れてゆくその動きを与えるに過ぎない。音楽のように」と。
ピアニストの兄を持ち、自身も音楽と共に育ったルドンらしい言葉でもありますね。
あらゆる素材が媒介者となって芸術家を導き、協力して制作する
芸術家が作ろうとする虚構の中で何かを語ろうとする
物質は秘密の数々を顕示する
物質にはそれぞれの転生があるのだ
物質を介して神託が下されるのである
そして、その謎めきの幻想世界が、丹念で地道な観察と写生の上に成り立っていること!
さらに今回の訪問で、音楽のような視覚芸術がどういうことか、少し見えたような気がしたのも嬉しかったです。
ではでは~もいもい
【概要】ルドン―秘密の花園展
会期:2018/2/8~5/20
会場:三菱一号館美術館
オディロン・ルドン(1840-1916年)は、印象派の画家たちと同世代でありながら、幻想的な内面世界に目を向け、その特異な画業は、今も世界中の人の心を魅了して止みません。なかでも本展は植物に焦点をあてた、前例のない展覧会となります。
ドムシー男爵の城館の食堂を飾った装飾で、当館が所蔵する最大級のパステル画《グラン・ブーケ(大きな花束)》を、同食堂の残りの15点の壁画(オルセー美術館所蔵)と合わせて展示します。
また、出品作およそ90点のうち大半は、オルセー美術館、ボルドー美術館、プティ=パレ美術館(パリ)、ニューヨーク近代美術館、シカゴ美術館など海外の主要美術館の所蔵作品により構成する、大規模なルドン展となります。(ルドン―秘密の花園展より)
【展示構成】
- コローの教え、ブレスダンの指導
- 人間と樹木
- 植物学者アルマン・クラヴォー
- ドムシー男爵の食堂装飾
- 「黒」に棲まう動植物
- 蝶の夢、草花の無意識、水の眠り
- 再現と想起という二つの岸の合流点にやってきた花ばな
- 装飾プロジェクト
もいメモ
未記録たまりすぎてまとめ。
書きたい気持ちと足りない時間と体力のなさでふおおおおおいおいおいえ/(^o^)\
もうとっくに会期終了しているものも含めて、何かしらどれかしらちゃんと復習したい。
- アンセル・アダムス展
- 単色のリズム 韓国の抽象
- アジェのインスピレーション ひきつがれる精神
- 日本の新進作家Vol.4 無垢と経験の写真
- 生誕100年 ユージン・スミス写真展
- 画家一族 150年の系譜ブリューゲル展
- アラビアの道 サウジアラビア王国の至宝
- 神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展
- 横浜美術館コレクション展
- フランク・ホーヴァット写真展