終わりの最中に
さて久方ぶりの更新。
その間は学園祭における個展の準備をしておりました。
手伝ってくれた3人の方、マジでありがとうございました。特に最初から最後までフォローして頂いた先輩には顔面がなくなるほど土下座をしたって足りない恩と謝罪の気持ちがある。どうやって償えようか、と。
そんなこんなで、最終的な感想は「やって良かったなぁ」。
成果としては完璧に近い失敗なんです。
1日目とか、なじる方の意味と体力的に感心する意味で「我ながら、良く生きてるな」って思いながら接客してた。
リアルに死んでしまいたかった。事故とかで。
けど、経験として今後とても為になる痛手を食ったので3日、準備片付け含め5日間やってホント良かった。
色々甘い、という一点に尽きるのが骨身に染みた。
やっぱり体力を使い果たすようなことをやり終えると充実感がある。
片付けが終わった後は絶頂にも似た快感を覚えました。
これは大学生が、学祭っていう場でしか得られないものだろうとしみじみ思う。
だから後輩諸君にはとてもお勧めする。もっとちゃんと計画的にやった方が良いという忠告も添えて。
会社人間になる上で遠ざかっちゃう部活でやってきたこととかの総決算として、忘れ形見にはもってこい。
特に、4年生になると最高の部展にしたいからって部活に口出しするととても鬱陶しい存在になっちゃうし。
学園祭も部活も卒業生のもんじゃねえ。
1日目の展示はガチンコで酷かった。
2日目からは朝のうちにガーッと直して、学祭内展示としちゃ下の中として許せるかなぁ程度。
言い訳はすまい。
部活って偉大だよ。
多少のズレはあったって同じ道を行く仲間があんなに居ることは本当にありがたいことなんだと実感した。
手っ取り早く例えばディスプレイひとつ作るにしたって、ディスプレイというモノの自然な形が頭に入ってない普通の人は、正直なところ信じられないくらいセンスが悪い。部員にもセンスの良し悪しはあるけれど「アレ作ろう」っていう共通のビジョンは持てる。
そうなってくると部活の友人頼った方が良かったのかなぁ。でもいくら所属してるからって個人的なわがままで人員とか時間とか物資とか保管場所とか圧迫したくないなぁ、とかなんとか。そういう意地っぱりな面は今回かなりあった。
結局ガムテとか店番とかで頼ることになったから格好悪いことこのうえない。
反省が尽きねーな。
人生のうちにもいっかい個展開きたいけど、社会人としてやったって、こういう気持ちよさはもう、無いんだろう。
だから後輩諸君には個展を開くことを何度もお勧めする。来年の学園祭に。
或いは、それに向けて一旦通常時にやったっていい。その経験を踏まえて学園祭で大成功すれば良い。
途方も無く疲れることのように感じるけど、気持ちひとつっす。
翻って部活。
1年生が入って空気が変わって、ホント楽しそうな部誌になっててワクワクした。
一緒に描きたったなーって残念に思うけど、邪魔しなくて良かったと胸をなでおろしたりもする。
学漫として100点満点な出来です。楽しい本だ。それぞれに良い個性があったもの。
毒づくと、アレが例えばコミケの創作島に出てたらうんこですが。
要は視点の問題で、僕は漫画外の生活を圧迫(したかもしれないけど)しない程度に描いてあって、尚且つ楽しく読める本に至っていたから良かったと思うのです。
プロの成り損ないみたいな作家ナルシズムの塊は学漫として相応しくない。意識が高いことは立派だけれども、本人にとっても学漫という枠が勿体無いし、学漫という枠組みからしても手に余る。そういう存在が居ると部活の空気も淀むし、互いに良いことは無いのでしょう。
ですから、うまく調和の取れた理想的な形だなと思い、学漫として100点満点だなと思う。
そんな本でした。
展示の方は若干アレかなと思うけれど、非の打ち所が無いといえば無かった。嫌味でなく。
結局のところ、個展をやってみたからそんな風に思うのかもしれない。
まったく当然のことながら「準備の出来=成果」という構図を、どこか見ないふりしていた節があって「今はこんなだけど、その場でわーわーっとやりゃあなんとかなるだろう」という考えがあったわけです。
で今回のことでそれを身をもって思い知り、「準備がコレならばそれ以上のものは望めない」と考えるようになっているんスよ今のところ。
部活の展示もハタから見ていて同じで、準備の段階から考えるとああなるのが必然だろう、あれ以上の準備は色々な面から言って無理だろう、と思うので非の打ち所がないっつーアレが個人的な感想です。
そういう風に感じたことも含め、最後の学園祭はとってもとっても満喫できたなぁと思う。
食べ歩きや部展まわりも楽しかったし、得られたものは多い。初対面の人と打ち解けるのがハナクソほど楽になった。
あと、文化祭実行委員会の偉さ。
5日間、それ以前からも見ていて、この人たちは本当に偉いなと感じた。
お世話になったわ。
で、なんやかんやあって最後の部会から今戻ってまいりました。
先輩らしーことは1ッコもやった記憶がございませんが、最後に、後に生きようと生きまいととりあえず何か出来ることは無いのかと思って1年生に僕が覚えたとても矮小なテク(笑)を説明してきました。あと、部誌の感想言うとか、それくらいしかできんけど、やらんよりかマシなのかなと。
結局僕がスッキリするかせんかというだけなんですが。
でも本当、ここで縁が切れるのは惜しいなって思っちゃうんスよ。
ぶっちゃけ部活が今後どーなろうと知ったこっちゃないんですが、1人1人がどうなっていくのかが気がかり。
それぞれに充実してほしいし、そのための苦痛だって感じてほしい。
好いてる後輩の他に尊敬だってしちゃう後輩や当然先輩も居るから、なんか、それくらいは伝えられたら良いなと思うし、それだけじゃあ物足りないので何か労ったりできないかと考えてはおるのですが、なんとも思いつかないし、下手ふみゃ逆に恩着せがましくなるのがイヤ。
もうちょっと時間があるもんだとばかり思ってたから何もしてないことに多少愕然とした。
急に先輩風吹いちゃって自分でもどーしたら良いのやら。
ま、もう何もできないんですが。
イヤがられよーと学園祭には顔出して喋りたいね。未練はタラッタラっすよ。
同回生はね、もうなんかね、気心しれてるっつーか、どうせ腐れ縁だろうっつーか。人間関係として落ち着くところに落ち着いてるので今更どうこうしようとは思わない。やることやったな、と思うし。
なんていうか、学生じゃなくなっても関係はそんな変わらないでしょう、てカンジ。
無論引っ越す=今生の別れでは無いんですけど、部活外の友人と会ってもこいつらと何か楽しーことできないかな、してやれるようなことは無いかなと考えちゃうんスよ。
一足先に京都出るっていうのは何か、アレだね、大げさに言うと余命宣告されたような気分だね。
この学校に来て、ホント良かったと思うわ。
その間は学園祭における個展の準備をしておりました。
手伝ってくれた3人の方、マジでありがとうございました。特に最初から最後までフォローして頂いた先輩には顔面がなくなるほど土下座をしたって足りない恩と謝罪の気持ちがある。どうやって償えようか、と。
そんなこんなで、最終的な感想は「やって良かったなぁ」。
成果としては完璧に近い失敗なんです。
1日目とか、なじる方の意味と体力的に感心する意味で「我ながら、良く生きてるな」って思いながら接客してた。
リアルに死んでしまいたかった。事故とかで。
けど、経験として今後とても為になる痛手を食ったので3日、準備片付け含め5日間やってホント良かった。
色々甘い、という一点に尽きるのが骨身に染みた。
やっぱり体力を使い果たすようなことをやり終えると充実感がある。
片付けが終わった後は絶頂にも似た快感を覚えました。
これは大学生が、学祭っていう場でしか得られないものだろうとしみじみ思う。
だから後輩諸君にはとてもお勧めする。もっとちゃんと計画的にやった方が良いという忠告も添えて。
会社人間になる上で遠ざかっちゃう部活でやってきたこととかの総決算として、忘れ形見にはもってこい。
特に、4年生になると最高の部展にしたいからって部活に口出しするととても鬱陶しい存在になっちゃうし。
学園祭も部活も卒業生のもんじゃねえ。
1日目の展示はガチンコで酷かった。
2日目からは朝のうちにガーッと直して、学祭内展示としちゃ下の中として許せるかなぁ程度。
言い訳はすまい。
部活って偉大だよ。
多少のズレはあったって同じ道を行く仲間があんなに居ることは本当にありがたいことなんだと実感した。
手っ取り早く例えばディスプレイひとつ作るにしたって、ディスプレイというモノの自然な形が頭に入ってない普通の人は、正直なところ信じられないくらいセンスが悪い。部員にもセンスの良し悪しはあるけれど「アレ作ろう」っていう共通のビジョンは持てる。
そうなってくると部活の友人頼った方が良かったのかなぁ。でもいくら所属してるからって個人的なわがままで人員とか時間とか物資とか保管場所とか圧迫したくないなぁ、とかなんとか。そういう意地っぱりな面は今回かなりあった。
結局ガムテとか店番とかで頼ることになったから格好悪いことこのうえない。
反省が尽きねーな。
人生のうちにもいっかい個展開きたいけど、社会人としてやったって、こういう気持ちよさはもう、無いんだろう。
だから後輩諸君には個展を開くことを何度もお勧めする。来年の学園祭に。
或いは、それに向けて一旦通常時にやったっていい。その経験を踏まえて学園祭で大成功すれば良い。
途方も無く疲れることのように感じるけど、気持ちひとつっす。
翻って部活。
1年生が入って空気が変わって、ホント楽しそうな部誌になっててワクワクした。
一緒に描きたったなーって残念に思うけど、邪魔しなくて良かったと胸をなでおろしたりもする。
学漫として100点満点な出来です。楽しい本だ。それぞれに良い個性があったもの。
毒づくと、アレが例えばコミケの創作島に出てたらうんこですが。
要は視点の問題で、僕は漫画外の生活を圧迫(したかもしれないけど)しない程度に描いてあって、尚且つ楽しく読める本に至っていたから良かったと思うのです。
プロの成り損ないみたいな作家ナルシズムの塊は学漫として相応しくない。意識が高いことは立派だけれども、本人にとっても学漫という枠が勿体無いし、学漫という枠組みからしても手に余る。そういう存在が居ると部活の空気も淀むし、互いに良いことは無いのでしょう。
ですから、うまく調和の取れた理想的な形だなと思い、学漫として100点満点だなと思う。
そんな本でした。
展示の方は若干アレかなと思うけれど、非の打ち所が無いといえば無かった。嫌味でなく。
結局のところ、個展をやってみたからそんな風に思うのかもしれない。
まったく当然のことながら「準備の出来=成果」という構図を、どこか見ないふりしていた節があって「今はこんなだけど、その場でわーわーっとやりゃあなんとかなるだろう」という考えがあったわけです。
で今回のことでそれを身をもって思い知り、「準備がコレならばそれ以上のものは望めない」と考えるようになっているんスよ今のところ。
部活の展示もハタから見ていて同じで、準備の段階から考えるとああなるのが必然だろう、あれ以上の準備は色々な面から言って無理だろう、と思うので非の打ち所がないっつーアレが個人的な感想です。
そういう風に感じたことも含め、最後の学園祭はとってもとっても満喫できたなぁと思う。
食べ歩きや部展まわりも楽しかったし、得られたものは多い。初対面の人と打ち解けるのがハナクソほど楽になった。
あと、文化祭実行委員会の偉さ。
5日間、それ以前からも見ていて、この人たちは本当に偉いなと感じた。
お世話になったわ。
で、なんやかんやあって最後の部会から今戻ってまいりました。
先輩らしーことは1ッコもやった記憶がございませんが、最後に、後に生きようと生きまいととりあえず何か出来ることは無いのかと思って1年生に僕が覚えたとても矮小なテク(笑)を説明してきました。あと、部誌の感想言うとか、それくらいしかできんけど、やらんよりかマシなのかなと。
結局僕がスッキリするかせんかというだけなんですが。
でも本当、ここで縁が切れるのは惜しいなって思っちゃうんスよ。
ぶっちゃけ部活が今後どーなろうと知ったこっちゃないんですが、1人1人がどうなっていくのかが気がかり。
それぞれに充実してほしいし、そのための苦痛だって感じてほしい。
好いてる後輩の他に尊敬だってしちゃう後輩や当然先輩も居るから、なんか、それくらいは伝えられたら良いなと思うし、それだけじゃあ物足りないので何か労ったりできないかと考えてはおるのですが、なんとも思いつかないし、下手ふみゃ逆に恩着せがましくなるのがイヤ。
もうちょっと時間があるもんだとばかり思ってたから何もしてないことに多少愕然とした。
急に先輩風吹いちゃって自分でもどーしたら良いのやら。
ま、もう何もできないんですが。
イヤがられよーと学園祭には顔出して喋りたいね。未練はタラッタラっすよ。
同回生はね、もうなんかね、気心しれてるっつーか、どうせ腐れ縁だろうっつーか。人間関係として落ち着くところに落ち着いてるので今更どうこうしようとは思わない。やることやったな、と思うし。
なんていうか、学生じゃなくなっても関係はそんな変わらないでしょう、てカンジ。
無論引っ越す=今生の別れでは無いんですけど、部活外の友人と会ってもこいつらと何か楽しーことできないかな、してやれるようなことは無いかなと考えちゃうんスよ。
一足先に京都出るっていうのは何か、アレだね、大げさに言うと余命宣告されたような気分だね。
この学校に来て、ホント良かったと思うわ。