紆余曲折
たまに絵を描くかもしれないけど
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あげ

ガンダムAGEが第二世代第二話まで放送し、じき第二世代第三話なわけですが


ぼくは第一世代フリット編が好きです。べつに第二世代が嫌いってわけじゃないですよ。

ヴェイガン勢のデザイン凝っててこれから楽しみですし。


フリット編はぶっちゃけ面白くなかったけど、もう好きなものは好きで、理屈じゃなくって感情なのでどうしようもない。


あえて分析するならあの余白の多さ?デザインといいお話といい設定といい穴だらけ。

AGE-1ノーマルを初めて見たときはガックリ来たし未だに魅力を感じない。魅力がないのが魅力だと思うようにすらなってきた。ROBOT魂AGE-1ノーマルのアレンジは凄くいいよ。

タイタスとスパローは最初からかなり好き。特にタイタス。あと特にスパロー。


タイタスもじきにMGで出るということで待ち遠しい。当然スパローも。

ファルシアもHGで発売予定があるのだからいっそゼダスともども1/100で出たら嬉しい。


急にMGで出るのは、僕的にはあんまし好きくない。

アニメの無印1/100の詰めの甘い感じは好き。

やがてMGが出て存在意義がなくなるとはいえ、ね。

1/100デスティニーガンダムのガワラ臭とか。


ちなみに、AGE小説版はそこそこ面白い。

アニメと違う点は主にブルーザーさんの特攻全カットだったりUEの装甲が厚いからと関節を狙ったりジェノアスの砲撃戦バリエーションがあったりフリットがデスペラードで無双したり等々。

あとディケが「童貞のまま死にたくない」っていう、14歳の等身大っぷりだったり。


種のときにも同人でちらほら見かけたようなリファイン加減。読んでいて楽しい。


でも気になるのは機体の差が無いっていうところですなー・・・Gエグゼスだろーがジェノアスだろーがどの距離にどの相手と戦ってても結局演出のさじ加減でしかない。

種の後半ではそういうの顕著でしたよね。00も劇場版くらいになってくると機体の性能差はほとんどなくなってましたわな。



それから、やっぱダンボール戦機ダダハマリです。またL5かい。

PSP買いました。VITAだって出てるこのご時世に。

これでAGEのゲームが出ても遊べるね!


ぷらも増えすぎ。

2体買うと10%OFFである近所のジョーシンには感謝せざるをえない。

最近4体ずつ買う羞恥心に慣れてきた。


LBXフェンリルがやばい。もうやばい。すごいツボ。これはまずい。4体くらい作ってしまいたい。

作ってびっくりするのはLBXナイトメア。ここまでパーツ色分けするのか!と凄すぎて若干引く。

悪い意味でびっくりするのはLBXイフリート。こんなにシール貼っちゃう?と引く。完成後のボリューム感はいいんだけどね。


パチ組でめぼしいものをあらかた揃ったので、Wで新登場すんのに期待しつつ部分塗装とかシールをナイフで切ったりしながらそこそこしっかり作りたいな。


LBXエルシオン早く来い。

但しライディングソーサには不安が残る。


クラッシュギアも2期でナントカっていう新要素を詰めて転んだので怖いです。


あと感慨深いのがコロコロで藤異秀明先生がダン戦のコミカライズ、というところ。

藤異さんといえばボンボンでデビルチルドレンやってて「世界一ィィイイイイイ!!!!」の人ですよ。

僕の青春です。

ブンブンでバトルスピリッツやってる頃から微笑ましく追いかけていたわけですがまさかコロコロでダン戦とは。

説明書のマンガもやってらっしゃる。

藤異センセの絵の変化は追いかけていて面白い。


デビチルLDでの模索からククナギでのはっちゃけ、さらにそこからバトスピでの絵柄のすり合わせは見事。ダン戦ではその経験を生かして子供向けノリを保ちつつ好きにやっているような。

なんか3巻では聖闘士星矢(もとい車田正美)にでもハマっとるんかという描写が多い。


秒殺の皇帝が極端に可愛いよ。



やっぱしおたくっすなー。

ルシウスとアキレス

仕事から帰ってテレビを点けるとテルマエ・ロマエのアニメがやっていた。

それより少し前から映画のCMが好きで気になっていた。

コンビニに寄ったら単行本がずらりと並んでいたので買った。



主人公ルシウスが嫁に子をせがまれるあまり「妻は私のことを種馬としか思っていない」ような気がしてきて勃起不全に陥る話になんかすごいもう共感っつーかなんつーかあーもーわかるわぁその気持ちって感じ。


伴侶というものを見立てるにあたり我々は利害関係でのみ結ばれているのか否か、という部分の見極めは私としてはとっても神経質になっちゃうところ。


子供ができれば誰でもいいのか?

もし、できないなら俺に用はないのか?ないんだろうな。生き物の原点だし。


誰でもいいなら僕でもいいスかってぐらい妻に傅く甲斐甲斐しさも、どうやら僕には備わっていないようで。

そこまで骨抜きにされた経験もないし。


学生のキャッキャウフフとは異なるところ。

そもそも社会人の恋愛観ってなんなの。


俺を食い物にするつもりかこの雌蟷螂が、と思うこともあったりなかったり。

そう受け取った時点で、それが事実であれ曲解であれ、僕自身が「俺はこの子が好きじゃないんだな」なんて気付くんだけど。


乙女心はわからん。

いやさ、乙女ならまだしも適齢期の考えることがわからん。

さっぱりわからん。



まーまだ子供欲しくないから意見が合致しないんだろーなー・・・。

現段階で自身の人格や人生に納得いかないのでこんな遺伝子残していいのかねっていうのが主。


世の中の家庭を持ったお父さんたちは偉いよホント。

かっこいいと思う。人間として。

出来てみたら存外大したことないのかもしれない。経験せんとわからんわな。

父親になった後活躍する自分の姿というのが到底想像できない。


子はかすがいというけど、まだまだ青臭い僕からすれば楔だなぁと感じる。

僕だって人の子なんですがね。


そーいえば

男女の友情ってあると思う?というよくある質問。


世に同性愛が成立している時点で生殖本能と恋愛は別の原理っぽいから異性でも友人というのは十分あり得るねっていう結論が出ました。


まぁカブトムシもカマ掘って死んだりするらしいがそこは忘れていいと思う。



前もこんなこと書いたかもしんないけど僕個人としてはキスハグセックスの類は友人だろうとやってしまった方が好意が伝わりやすくていいんじゃないかと。

常々好意がうまく伝わらないなぁとうずうず(発情しているわけではない)しているんだけど。

かといって好意をそのまま口に出すと何だかしらじらしいんだなこれが。急に言ってもおかしいし。

特に親しみはじめの人とかは世間話やら単純接触やらで外堀から埋めていくのが億劫で仕方ない。

そんな表面撫でるような時間が欲しいんじゃないんだよ。しかしそれはそれで愉しくもあり、踏まえて置かないとわからんというジレンマもある。


言葉っていうのは便利な反面不便だーね。




ダンボール戦機にハマりだしました。


LBXアキレス作ってみて。

すごく玩具的わくわく感が詰まってる。

デザインの秀逸さ、色分けの巧妙さ、貼らざるを得ないものの許せる部分に絞られたホイルシール、なんといっても1/1!


あと新機体のペルセウスのバックビューがしょんべんチビるくらいかっこいい。


いよいよPSPが欲しいかもしれません。

今更MGSピースウォーカーもやりたい。携帯ゲーム機なのにグラフィックはMGS2を上回っちゃう程。



いい歳こいて。

アマゾン、トモダチ


自己満足な書き留めね。


「親友だろ」にとどまらず「友達だろ」もイヤでしたというところに考えがまとまった。


それってもう個人的にはただの「タグ」といっしょで、言わば血液型とかと同じような感覚。


「私たち友達でしょう?」と「私たちO型でしょう?」という言葉は僕にとって同じで「だから何?」という気持ちが反射的に出てくる。


例えば僕がAさんと仲良くしていれば、第三者から見て「友達」。

第三者にAさんとの間柄を説明するにしても「友達」ってので別にいいんだけど、僕はAさんのことを「友達」ではなく「Aさん」と思って接しているんです。


Aさんとだけ過ごした時間とか話した話とか通じる感覚とかが、あるわけ。

Aさん専用の僕があって、Aさんだけに枝葉を伸ばした関係性があるわけ。みんなそうでしょ?


そこを、わざわざ遡って「僕たちは友達だよね」って言われたくない。

愚問。そこまで根幹の部分に立ち返らないといけない何かがあんの?って。


「俺たち霊長類じゃん」って言われてごらんなさいな。

当たり前すぎてあくびが出るだろ。

そこから話ふくらむかよ。ふくらまねーよ。


だから「友達=動物」で「親友=霊長類」っていうふうに置き換えても僕の中では差し障りがない。

感覚的に。


「僕」と「あなた」の関係はそういう創世記的な発展度合じゃあないでしょう?って。

何で今確認したの?気持ち悪いなぁって。


なんつーの、なんの理由であっても不十分。


例えば俺がAさんを助けるためなら命も厭わないとしよう。

それはAさんが友達だからでも親友だからでもなくAさんだからだ。てこと。

Aさんに悪い癖があってそれを指摘するのは友達だからでも親友だからでもなくAさんだからだ。

Bさんに悪い癖があってそれを指摘しないのは友達でもあり親友でもあるがBさんだからだ。


「友達だから」「親友だから」とか、ほんと何度もいうけど「だから何?」ってなる。

何の決定打にもならないんだから。

それ以前に、それ以上に、相手がどういう人間かという部分に依ってこちらは行動を選択する。


別にさ、Aさんが「知り合い」「友達」「親友」を接し方とか何とかを無自覚にせよバッツリ定義づけしてて俺が「友達」カテゴリーに入れられてて、「友達カテゴリーにはここまでしか見せない」なんて部分があっても文句は無い。



ただ、こちらもそういう態度で臨んでいると思われると気分が悪いんだよ。みくびるなよと。

僕があなたのことを特別視していることを否定してほしくない。

他といっしょにしていると思わないでよと。

まぁ、どこ以下が画一化している部分なの?っていうところもあるけど。

「覚えてないヒト」だよ。


「僕」と「あなた」の関係が何かの模倣や類似ではなくてオリジナルですぞと思いたかったりする。

僕はね。


だからこっちからそういう線引きをするのって自分からケチつけてるみたいでいやなのでした。

共感って強いるもんじゃないと思うし。無理にイエスと言わして何が満たされるのさ、と。


うだうだ考えすぎと言われたけどみんながどこをどう定義してそんな言い回しをしているのか判りかねる。

俺が曖昧すぎるだけなのか。



ねっむ。おやんみ。



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